第25話

 真っ先に思いつくのは『吸血』だよね。多分これは有効だと思うから正解として、他に何かできるか考えてみよう。


 ……トイレする? いやでも私は冗談じゃなくて、本当にトイレしないからなぁ。思い返せば、こっちの世界に来てから排泄を一回もしてないのよね。シモの世話も不要だなんて、また優秀なペット要素が発見されたな? 


 んで、次に『変身』とか? でもこの蛇のサイズ的に、飛竜になったところで蛇の体突き破って……とはいかないだろう。イカの魔獣に変身しても同様。あ、でもポッコリお腹になれば蛇の動きは鈍るかな? ……んー、こんな狭い渓谷で動きを鈍らせても変わらんか。


 あ、そうだ。この蛇そのものに変身するのはどうだ!? 私てっば天才! では早速…………あれー? 変身できないな。魔獣の姿を見る以外に、例えば倒すとか、何か条件があるのかな? 


 えー、じゃあ一寸法師みたいに暴れまわるとか? まあ、私の一寸法師に勝るとも劣らないパワーでは無意味だろうなー。


 とすると、やはり『吸血』。それしかないか。……この蛇は眷属になるのかね。なっても困るなぁ。うちじゃあ絶対シドママとレントパパが反対するから飼えないよ。私もこんな生意気な眷属はいらないし。


 今こうしている間にも、シドとレントは戦っている。この蛇の処遇は後で考えればいいだろう。今は一刻も早く、無力化することが最優先だ。


 適当なところに噛みついて、『吸血』発動。ちなみに、噛みつくところは肉体であれば滅茶苦茶アバウトで大丈夫だ。蛇の身体構造とか知らんから助かるね。


「吸血鬼、貴様、何をしている?」


 何ってそりゃ吸血でしょ。だって私は吸血鬼だからね。


 ちょっと時間が経ってから、蛇の動きが止まる。話しかけてもこなくなった。『眷属化』が発動したのだろう。強敵であっても一回『吸血』さえ発動させてしまえば、セットで『眷属化』が付いてきて私の勝ち。私の身体能力じゃ噛みつくまでが大変とはいえ、このコンボ強いなぁ。


 さて、そろそろここから出たいのだけれど、どっちが出口だ? ……考えろ。間違った方から出たら、そりゃもう大惨事よ。高貴な美少女吸血鬼として、絶対に間違えることは出来ない。……蛇に肛門ってあるのか? てか、そんなウンのツキを試すギャンブルしなくても、蛇に上向いて口を開けるよう命令すればいいか。


 と言うわけで、無事蛇の体内から脱出。蛇は私の眷属となったのだから、白い体に赤目となっている。……正直、綺麗だ。この悪質クレーマー蛇を褒めるようなことは言いたくないけどね。てか、そもそも白蛇ってずるい。それだけで神聖で特別感がするし。


「今回ばっかりは、完全にキュウのおかげだな。俺たちだけじゃ、討伐はきつかったぜ」


 シドが、上を向いて口を開けている白蛇を見ながらそう言った。


「んで、キュウ。こいつはどーすんだ?」


 眷属にするのは嫌だと思ったけど、シド&レントでも苦戦する戦力と考えたら、それって凄いことだ。利用価値はあるし、殺してしまうのは勿体ない気がする。血液は(量だけ見れば多いが、この蛇の総血液量で考えれば)ちょっと吸っただけで、アンデット化するまでは吸ってない。だから、この後もこの蛇は普通に生活していけるだろう。


「討伐しねーと、依頼は失敗になんじゃねぇの?」


 まあ、そうだろうね。ギルドとしても、「あの蛇は眷属にしたんでダイジョブっす!」なんて報告受けても安心はできないだろう。何より勇者の眷属というわけじゃなくて、魔獣の、吸血鬼の眷属なわけだし。いやまあ、その吸血鬼は勇者のペットなんだけど、そんなこと普通の人は知らない。


「色」

「そうだな。仮に体の一部を切り取って提出するとして……このサイズの個体、そういるものではない。討伐は認められるだろう。だがキュウの言う通り、この変色は……まあ、そのあたりは、僕が説明しよう」


 そこはレントの信用と世渡りスキルの使い所さんだよね。


「……じゃあ、とどめを刺そう」

「……こいつ硬すぎて攻撃通らないぜ?」

「口を開かせて、体内に直接攻撃をすれば……いや、そうだ。キュウ」


 ん? どうしたレント。


「この蛇の血を、全て吸血することは出来るか?」


 レントはどうやら、蛇の体を素材にしたいらしい。別にその装備をレントが使うわけではないけれど、素材としてギルドに提供して、冒険者たちの手元に良い装備を届けたいというのだ。確かにそれなら、私が『吸血』を使って血を抜いて殺すのがいいだろう。


 正確に言うと『吸血』で蛇をアンデット化させて、レントの聖魔法で蛇の魂を浄化する。そうすれば外傷無しの綺麗な死骸が出来上がるってわけだ。


 蛇の血液全てを私の体に収めるのは、誰がどう見ても物理的に不可能。でも、結論から言えば可能。血液は私の体内に入った瞬間に実体のない、魔力的な物に変換される。カフェイン的なあの成分だ。


 ……なんかさ、この蛇の血、ちょっとおいしいんだよね。これまで飲んだ血より重いというか、濃いというか。例えるなら、今までのは普通の牛乳で、この蛇の血はちょっとお高い牛乳みたいな。……余計に分からんな?

 

「どうだ、キュウ。全部いけっか?」

「蛇の血には毒があったはずだが……まあキュウにはいらぬ心配だな」


 あー。その毒が血に作用してうまいのかね。いや知らないけど。とにかく、この血いいぞ。私は散々食に興味がないと言ってきたけど、これは定期的に飲みたくなる感じがする。


 二人はあたりを警戒して、私は蛇の大きな口に頭を突っ込んで血を吸う。恐ろしく時間がかかったが、私は完全に蛇の血液を吸い切った。


 いやー、堪能した! 普段の食事はこれにしたいくらいだ。もっと強い魔物だったら、もっとおいしいのかな? 新たに食の楽しみが増えたぞ! ただ、強い敵は二人の負担が増えるから贅沢言えないけどさ。


「お、おい、キュウ? キュウなの、か?」


 あたりを警戒していたシドとレントが戻ってきて、シドが私にそんな言葉をかける。


 なんだよシド。そんな化け物を見るような目をして。


「大丈夫か? キュウ。その体……」


 レントまで……体? ありゃりゃ、蛇に飲み込まれた時の傷、治し忘れてたかな? ほいほい、『再生』っと。 うん、これでいつもの激かわいいもち肌キュウちゃん……ん? な、なんじゃこりゃああああ!


 私の体に、謎の赤い線が無数に走っている。……え? ホントにナニコレ。何か、魔法陣のような、不思議な模様を描いているようだけど、当然見覚えなんかない。


「どんな感じ」

「体中に謎の、紋章のようなものが浮かんでいる。……僕もこの紋章には見覚えがないな」

「あと、なんか目が怖ぇよ。普段から不気味な目をしてるけど、今のキュウの目はやべぇぞ。なんか、焦点が合ってねぇって言うか」


 うーん、体調に関しては絶好調なのよね。メンタル的にも、おいしいもの食べたからむしろ普段よりいいくらいだ。


 といっても、この変化が『吸血』によって起きたものであることは間違いないね。


「キュウ。大丈夫か?」

「平気」

「……んまあ、お前が調子崩すとは思えねぇけど」


 安直に考えるなら、血を吸って覚醒中とか?


「その体でギルドに行くのはぜってぇやべーと思うぞ。雰囲気こえーし、下手すりゃ…………」

「……しかし、キュウを一人置いて行くわけにはいかない」

「キュウなら放置したって死にやしねぇ。変身を駆使すりゃ奴隷として捕まることもねぇだろうし」

「それでも、キュウは仲間だ。キュウを一人には出来ない」

「いやだから、別に見捨てるなんて言ってねぇだろ? レント、お前は世間体もあるんだし、それはキュウも分かってる。一日二日、一人にされたって傷つきやしねぇよ。なあ、キュウ?」


 なんかよくわからんけど、私のために争ってる? 全く、私ってば罪な女だぜ。


 結局、しばらく野宿して様子を見ることにした。蛇はもう倒し終わったわけだけど、一応、蛇は激つよの魔獣だ。ギルドだって半日で蛇討伐が完了するとは思っていないだろう。むしろ時間がかかった方が自然。


「キュウ。何か、具合が悪くなったら、すぐに言うんだぞ」


 心配性な二人は交代で、一晩中起きているという。そんなことしないでもいいのに。私が体調を崩したとして、この二人に何かできるとも思えないし。


 とは言っても、流石に私だって異常が起きていることは分かる。体のこともそうだし、今、異常にテンションが高い。いや表に出さないだけで、テンションは割といつでも高いんだけどさ。


 ……これもしかして、『精神攻撃無効』のスキルが無かったらヤバかったりするのかな? 私は蛇の血を飲んでも「おいしーかもー」ってカラカラ笑う程度で済んでるけど、これが吸血鬼として覚醒状態だとしたら、可能性として、血を求めて生物を片っ端から襲う悲しきモンスターになっていた可能性もあるのかもしれない。……全部想像の話で確証はないけど。


 今晩は私も起きていることにした。単純に興奮状態で眠れそうにないし、無意識でいるのが怖すぎる。寝て意識が途切れた後に、吸血鬼の本能だけで動いてこの二人を襲ったとかあったらマジで笑えないからね。

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