第24話
こんなところに居られるか! 私は逃げさせてもらうぞ!
私はカエルじゃないので、蛇に睨まれようが恐怖に支配されることもない。すぐさま逃げ出す。そうだ、『変身』をして、ネズミになっておこう。そっちの方がちょろちょろと隙間に逃げ込めるし、単純に的が小さくなって助かる可能性が高まるだろう。
ネズミとなった吸血鬼は、とっとこ渓谷の底を走る。
「まあ待て、吸血鬼よ」
うわ、蛇が話しかけてきた。待てと言われてまつ馬鹿がいるかってんだ! あばよ!
「ふむ」
そんな短い呟きと共に、私の目の前の地面が盛り上がる。盛り上がるというのはテンションが上がるという意味ではなくて、持ちあがる。壁になったという意味だ。どう考えても蛇の使った魔法ですね。
継ぎ目のない壁。ネズミどころか、ミジンコ一匹通る隙間もない。はい詰みー!
「そう逃げるでない。少し話でもしようではないか」
お断りだ。知らない蛇とはお話してはいけませんって父なる神が言ってた! 旧約聖書にもそう書いてあるもんね!
私は飛ぶ。ネズミは羽がないから飛べないだろって? 細かいことは気にすんな。変身前の私が飛べるから飛べるんだよ。
ところが蛇も見逃してはくれない。私が飛べば飛んだだけ、壁が高くなっていく。しまいにはネズミ返しのように天井ができ始め、あっという間に真っ暗な箱が完成した。
陽の光はゼロだけど、私は吸血鬼だ。視界は問題ない。
「やっと落ち着いて話ができるな。吸血鬼よ」
「なに」
「吸血鬼とは珍しいと思ったのさ。ここは私の住処だ。迷い込むものは多いが、吸血鬼はこれまでに見たことがない」
なーんだ。そっかそっか、以後お見知りおきを。じゃあ、私はこの辺で。後でなんか変な人間と変な獣人が来ますけど、よろしくお伝えください。ではではー。
「恐ろしい、恐怖すら感じる、力強い生命力だ。見ているだけで、たまらない!」
やーん、もしかしてみずみずしいリンゴのような美少女って褒められてる? 嬉しいけど、流石にガチ蛇は恋愛対象外かなー。うん、そろそろ帰りたいんで、この二人っきりの閉じられた楽園から追放してくださる?
蛇は私に飛び込んできた。逃げ場ゼロ。なすすべなく周りの地面ごと、私は蛇の口の中。
それから間もなくして。
「キュウ!!」
レントの叫び声が聞こえた。次いで破壊音。壁が壊れたのか壊されたのか、分からない。
「おいレント! 無理だ! このサイズだぞ!」
「だが、キュウが!」
すぐさま戦闘が始まる。始まる? ……始まってる? その割には、蛇の動きがない。私は蛇の体内にいるのだから、蛇が動けばその動きも分かりそうなもんだけど、この蛇全く動いてないな?
「ダメだ! 効かねぇ! どうすんだレント!」
「クソッ! クソ……!」
マジか。蛇は動いていないんじゃなくて動く必要がないのか。それくらい、圧倒的な力量差。
「今度は、こちらから行くぞ」
次は蛇が動く。凄まじい破壊音。レントは戦闘の余波を考えれば渓谷の下が良いと言っていたが、それは間違いだったかもしれない。結局、私は蛇の全貌が見れずじまいだったが、この渓谷の幅ギッチギチぐらいはあるだろう。単純な突進だけで、空を飛べない二人は逃げ場ゼロだ。……あ、レントは空中移動できたっけ?
「結構な攻撃じゃねぇか! この蛇野郎!」
「だが、その程度では僕たちを殺せない」
おうおう良かった。二人とも無事だ。頑張れー。……お、ちょっとだけ。ほんとにちょっとだけ、コツンって感じだけど衝撃が来たぞ。雨だれ石をも穿つ! 攻撃し続けていればチャンスはあるぞ! きっと!
「いい。実にいい。久しぶりに骨のある奴らだ」
今度はまた蛇の攻撃かな? わーお。相変わらず凄まじい破壊音。巨体っていいよね。なんもしなくても、動くだけで強力な攻撃になるもんね。ただ、日常生活しづらそうなのがちょっとね。巨体モードと縮小モード、使い分けとかできればいいけどさ。って、そんな都合のいいことはないか。
「攻撃がワンパターンじゃねぇか蛇野郎。なんだ、もうネタ切れか?」
「僕たちはお前を討伐に来た。覚悟しろ」
そうだそうだ! こんな蛇はやってしまえ! いけいけー! シド、レントかっこいいぞー! 全く姿は見えないけどー!
「面白い。やれるものならやってみろ。…………ところで」
急に蛇が言いよどむ。何? トイレ? もー、先に行っときなさいよ。戦闘入るからしばらく行けないって分かってたでしょ?
「吸血鬼。……貴様、いつまで生きているのだ?」
え、あ、はい! 私!? ……えっと、しばらく? というか、一生?
「体内でいつまで経ってもピンピンしおって、少しおかしいのではないか?」
うーわ、悪質クレーマーだ。勝手に食っておいてそりゃないでしょ。こうなったらもうその時が来るまで末永く仲良くしよーよ?
「ハハッ! 蛇野郎、同情するぜ! とんでもねぇもの食っちまったなぁ! おいキュウ! 蛇野郎の中でトイレでもしてやれ!」
いやいやシド、私美少女だから。トイレとかしないからね。……ん? とんでもねぇもの? 誉め言葉? 誉め言葉だな。よし。
「キュウは特別なんだ。お前の望む結果になることはない」
でもレント、そう分かってる割にはちょっと焦ってたよね? 私の名前叫んでいたし。そういえば船にいた時、シドも私の首切るのためらってたな。死なないと分かってても、それはそれとして、不安とか心配とかあんのかね? これは二人が優しいのか私がおかしいのか。真相は闇の中。
「つーわけだ。蛇野郎。仲良く四人で、楽しもうぜ?」
「キュウ、待っていろ。今助けてやるからな」
はいはーい。ゆっくりでいいよ。私は適当に待ってるからさ。
「……気味が悪い」
おっま……蛇マジで許さんからな。だから勝手に食ったのはそっちじゃん! もう、シド! レント! やっちゃって!
そんなこんなで戦闘再開。
さてさて、私も蛇の体内でできることを探しますかね。
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