第29話

 自分の体に意識を集中する。


 前世の体との明確な違いとして、現在の私の体には羽が生えている。だが不思議なことに違和感はない。手や足のように、そこにあるって感じるだけだ。動かすのも同様。


 身体的な違和感はない。しかし、問題は精神的な部分だ。吸血鬼になってから何度も感じている、その場でじっとしていることがむず痒くなる衝動。吸血鬼の本能の『覚醒』とでも言おうか。先ほどネズミを眷属化するために『吸血』を使用したので、今も少し本能が目覚めている感じがする。


 そう。この『覚醒』は、『吸血』の影響だろうと予想がついている。だから私は先ほどネズミたちを眷属化するとき、血液の総量を意識しながら吸血を行った。


 数値をはかりながら血液を飲んだわけではない。だから正確さには欠けるが、私の体積に対して十パーセントほどの血液を飲んだ時、『覚醒』が自覚できるレベルで起こり始めたことに気がついた。


 これよにって、私の予想は正しいと証明されたと言っていいだろう。多分、血液を体に一滴でも入れれば、極めて小さな『覚醒』がすでにはじまっているんだろうけど、自覚できるレベルとなるとそれなりに量を飲まないといけないみたいだ。


 『覚醒』のトリガーが『吸血』によって血液を体内に入れることだと判明した。次は、その『覚醒』の度合いは何によって決まるのか。それを実験するべきだろう。例えばコップ一杯のネズミの血液とデカ蛇の血液では差があるのか、とかね。


 現段階の私の意見としては、量と質どちらも『覚醒』の度合いに影響を与えるだろうと考えている。さっきの例で言えば、同じコップ一杯でも、デカ蛇の血液の方がネズミの血液よりも『覚醒』を促し、ネズミの血液を風呂一杯くらいでデカ蛇のコップ一杯に匹敵する『覚醒』を得られる、とかね。


 ふぅ、真面目に考えると疲れる。こんな時は酒だ酒だ! …………ん? あっ、ああああああああああああ!! 飲めねぇ!!


 え? マジ? 帰ろっかな? ……いやダサすぎる! あの全てを察したレントの目を忘れたか? 「お酒くーださいっ!」なんて帰ろうものならめちゃくちゃ呆れられて、しこたま酒を出してくれるだろう。……最高か? いやいや、落ち着け。


 ……まあ、いい。良くないけど、いい。一週間の禁酒? できらぁ! そもそも奴隷時代は一滴も飲んでないし、酒を飲んだって酔えるわけじゃないのだ。だから私にとって酒はただの水。我慢できないなんて道理はない!


 ……さて、気を取り直して、再び心を落ち着ける。このまま、血液量と血液の質、それがもたらす『覚醒』の度合いについて調査を進めるとしよう。……オサケェ。


 私は眷属のネズミを並べて片っ端から血を吸う。とにかく、吸う。完全に吸い切る。


 現在私の体内には推定、私の体積に対して十パーセントほどのネズミの血液が入っている。これが二十五パーセントくらいになるまで、吸血行動を続ける。


 ……分からんけど、こんなもんだろうか。いったんストップ。自分の感覚へ意識を向ける。


 『覚醒』は強くなっている。うん、やはり量が『覚醒』の度合いに関係することも、確定と考えていいだろう。


 次は質に関して実験したいのだけれど、残念ながらここにはネズミの血液しかない。だから準備ができるまで、吸血実験は一旦終わりにしよう。


 用済みネズミは…………ネズミって雑食だよね? 分からん、でもまあいいか。お前ら食え。餌だぞー。


 血を吸い切ったネズミは日光で死ぬか弱い存在だし、正直使いにく。他の眷属ネズミの養分になって貰った方がいいだろう。餌が必要だなんて、ネズミはめんどくさい生き物だなぁ。


 ネズミたちには適当に命令しておいて、次だ次。


 次は魔法について実験していこう。


 今なら魔法、できるんじゃないかと思う。前回はちょっと蓄えが多すぎた。私という容器の中に、生物としてあり得ない量の魔力が詰め込まれていたのだ。


 どんなに小さい出口でも、出口を作った瞬間にその穴を押し広げながら一斉に魔力は外を目指しただろう。小さな穴でもそうなるってのに、前回は馬鹿丸出してバズーカどっかーん☆みたいなイメージを持ってたからね。アホ。


 私は横穴から外に出て、魔法のイメージを考える。


 レントのは凄すぎて全く参考にならん。亜空間を開いてアイテムの出し入れしたり、天空からデカい剣落としたり、どんなイメージをしているんだろうね。


 シドは体内で循環とかなんとか言ってたけど、目に見えないから分からん。そもそも、それはつまり私の『再生』みたいなもんだろう。だったら練習をする必要はない。


 なんかもっとこう、分かりやすい魔法ないんか? うーん、どっかで今すぐ私にも真似できそうな魔法を見たような気がするんだけど…………ああ、アニキの魔法だ!


 シドが何か生意気な事をするとお仕置きと言って、シドに熱湯をぶっかけていた。もはや懐かしい思い出だね。


 その時のことを思い出しながら、アニキの真似をする。右手を突き出して、イメージはホースから水が出る感じ。


 次の瞬間、私の右の手のひらから水が出た。出たと言ってもチョロチョロとした、非常に頼りないものではあるが、成功はしているからヨシ! 


 ここまではそんなに難しくない。続いて、ホースから出る水が湯気を放つようにイメージする。


 ……変わった? そういえば私、熱さを感じないから判断できねぇや。右の手のひらからチョロチョロ流れ出る水を、左手の甲にしばらくかけておく。すると左手の甲が真っ赤になる。うんうん、成功してるっぽいね。


 しっかし、これじゃあ実戦で使えない。だって打たせ湯にもならないくらい弱々しいんだもん。


 これをもっと練習とかしていけば、私もいずれ攻撃魔法ができるようになるだろう。レントのような、圧倒的な力は無理だと思うけど、ある程度はできるようになると思う。だって、吸血鬼って魔法適性高そうじゃん?


 私に攻撃能力がないというのは、散々確認してきたことである。でもそれは、攻撃能力の獲得ができないという意味ではない。


 私のこの化け物じみた回復力は文字通り神の力なわけだから、攻撃能力をこの水準に持っていくことは不可能。でも、この世界の基準から外れない程度の強さであれば、何とでもなると思う。


 それからライターのイメージで手のひらに小さな火を灯したり、扇風機のイメージでそよ風を起こしたり、懐中電灯のイメージで小さな光の線を発生させたり。なんだこのしょーもない現代知識無双。コンナハズジャ……。


 でもこうやって地道に努力していくしかないよね。この過程をすっ飛ばして行くからチート能力とか言われるわけで、この世界の人々はこうやって地道に練習をしていくのが普通なわけだし。


 私に魔法の才能があるのかは、正直分からん。だってレントと比べてもしょうがないし、レントと比べるとしたら、私は魔法を練習するだけ無駄と言うことになってしまう。


 一応、思いつく限りの属性魔法を色々使ってみたが、全てそれっぽいものを発動させることは出来た。私って才能あるのかなぁ。そう思いたいけど、アニキでさえ魔法使えるんでしょ? それに現段階では私よりも圧倒的に上手に。


 とすると、魔法なんて割と誰でも使える説が濃厚。……自信なくなってきた。

 

 まあ、私は永遠に生きるわけだし、焦らんでもいいだろう。

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