第8話

 おはよう世界。


 さて、気になる私の純潔は……守られたようだ。


 レントは椅子から一歩も動いていないし、私のベッドに乱れた様子も無し。……まあ、昨晩確認したように、別に私の純潔はどうでもいい事なんだけどね。


「レント」


 声をかけても反応が無い。


 私はレントの近くまで歩いていき、揺り起こす。


「……! おはよう、キュウ」

「おはよ」


 起こしてあげると、レントはびっくりした顔をして、私から目を逸らした。


 あの告白の時点で思ってたけど、レントって恋愛経験はおろか、友達が居たことすら無さそうだよね。え? なんでそう思うかって? ……同族は、同族をかぎ分ける力があるんだよ。


 しっかし、惚れた方が負けとはよく言ったものだ。お互いに恋愛経験ゼロなのに、心の余裕が違う。こうしてからかって、余裕の無いところを見るのはちょっと楽しいね。


「予定は?」

「あ、ああ。……シドも交えて話そう」


 そうね。二度手間になるし。


 問題は、シドがちゃんと起きているか、ということにある。二日酔いになってそう。


 私たちは軽く身支度を整えて、部屋を出る。宿の廊下を歩き、シドの部屋の前に立つ。


 ドアをノックすると、意外にも、中からしっかりとした返事が返ってきた。


 部屋の中に入ると、すっかり身支度を終えているシドがいた。その様子から察するに、さっき起きたばかりの私たちよりも早く起きてそう。やるやん。


「二日酔いしねぇのが俺の特技なんだよ」


 くっだらねぇ特技だなぁ。


「それで今後の方針だが……」


 私たちは、レントの話を黙って聞く。レントの考えはこうだった。


 世界中を渡り歩いて、人々を助け、強い魔獣を倒し、最後には魔王を倒す。


 レントは模範的な勇者だった。


 一目惚れして奴隷を買って、告白するような人間とは思えないよ。私の想像から少しも外れない、模範的な勇者だった。


「つーか、魔王ってまだ死んでねぇのな」

「むしろ、最近はその勢力を強めている」


 まーた二人が分からん話で盛り上がってるよ。はいはい、どうせ私は何にも知らないですよーだ。


「シドはもう一度、冒険者登録をしろ。その方が色々と楽だ」

「レント、知ってんだろ? 俺は『引退』じゃなくて『除名』だぜ?」

「推薦の形を取る。僕は勇者だ。ギルドも無視はできない」

「横暴だな。嫌いじゃねぇ」

「今の人類に、黒狼の戦力を余らせる余裕は無い」


 ねー、私は?


「んじゃ、そうと決まれば今日からか? 体が鈍ってなきゃいいけどよ」

「ああ、この後すぐに向かう。なるべく早くランクを上げ、多くの魔獣を殺す。調子を取り戻せ」


 ねーねー、私は?


「分かったよ。じゃ、早速登録に行こうぜ」

「ああ。それが終わったら武具を揃えて、それから道具屋に寄る」

「私は?」

「うぉ、びっくりした! 急に喋るな!」


 理不尽! 


「キュウは、いてくれればいい。何もする必要は無い」

「え」

「てか、お前はどうせ戦えねぇだろ?」

「やりたい」

「冒険者か? ……魔獣は流石に登録できねぇと思うぞ」

「僕の召喚獣とする。それで面倒ごとは避けられるはずだ」


 あんまりじゃないでしょうか? ギブミー人権。魔獣に自由を平等を。


 魔獣差別にむせび泣く私を慰めることもせず、薄情男二人はギルドへ向かった。当然私もついていく。ついていくしかできないのだ。悲しいね。


 登録はスムーズとはいかなかった。そもそも冒険者登録ができない魔獣である私は、詳しく聞いていなかったけど、やっぱり除名がどうのこうの言ってたから、そういう関係でなんかあったんじゃないですかね知らないけど。


 でもまあ、結果的にはシドは冒険者カードとやらを手に入れて、早速依頼を受けて、ギルドを後にした。


 それから予定通り武具のお店に行き、シドの装備を購入。私の服は無しだ。だって鎧とかしか売ってないんだもん。鎧とか私にとって、一番いらないものだ。


 それから道具屋で薬草とか縄とか火起こしセットとか、冒険に必要な小物を買い込む。それらのアイテムは全て、レントが謎の空間に収納していった。はいはい、アニメや漫画でよく見る、別次元にアイテムをしまうやつね。どうでもいいです拗ねてないです。


 んで町の外。危険? んなもんないよ。私は死なないし、レントもいるし、シドも強い。




「おらよっと!」


 場所は変わって洞窟。シドの声が反響している。今はゴブリンの巣を潰す依頼を受けて、それが達成されたところだ。 


 シドの一撃で、ゴブリンキングとかいう、でっけぇ魔物があっさり死んだ。これでゴブリンの巣攻略完了っと。私はなんもしてないけど。


「体が鈍ってんなぁ。チッ、全部あのクソ野郎のせいだ」


 シドはアニキに悪態をつきながら、ゴブリンキングの死体を蹴る。はいバッドマナー。死体蹴りやめてね。


「流石、黒狼と言ったところか。噂通りの良い動きだ」

「へへ、勇者様に褒められるたぁ光栄だぜ」


 もしかしてお前ら付き合ってんの? なんか仲良くね?


 私は二人についていくだけの簡単なお仕事。ちょっとだけでも数値を攻撃力に振っていればなぁ。無双とかしてみたい人生だったなぁ。


 私がため息を吐いていることにも気づかず、二人はお互いに、ここが良かったどこが良かったと褒め合っている。あーヤダヤダ。男同士のなれ合いは見てらんないね。蕁麻疹が出るわ。


 私は二人に背を向けて、地獄と化した洞窟内を見回す。そこかしこに死体死体死体。噓みたいだろ、これ全部死んでるんだぜ、マジで。命が軽い世界だよ。本当に。


 もうね、ゴブリンがいすぎて分からん。こんなにいたら一匹くらい、「仲間の死体に紛れて死んだフリをして私たちに一矢報いる機会を虎視眈々と狙ってる奴」がいたりして! ……なぁんてね! ピンポイントにそんな奴、居るわけないか! ハッハッハッ! ……おっ?


 私の目の前に、一匹のゴブリンが迫っていた。そりゃもう、鬼の形相で。刺し違えてでも殺すと、顔に書いてある。


 そのゴブリンは奇声をあげながら、私の心の臓へなまくらナイフをブスッとな。マントを羽織っているだけの私なので、前は空いている。


 防御力ゼロのもちもちつるるんな私の柔肌に、直接ナイフが当たって、マシュマロにフォークを刺すみたいに抵抗なく、ナイフが体に入ってくる。完全に心臓を貫かれた。




 ……まあ、だから何だと言う話。




 相手が悪かったな、ゴブリン。それ私には効かないんだ。申し訳ないね。


 ナイフが刺さっても平然としている私を見て、ゴブリンは驚いた顔をした。そして、驚いた顔のまま、ゴブリンの頭が吹っ飛んでいった。


 頭は洞窟の壁にぶつかって、ベチャッと水っぽい音を立てて、死体の仲間入り。ナームー。


「キュウ!」


 ゴブリンの首を吹き飛ばし、険しい顔で私に向き直るレント。


「だから鎧ぐらい着ろと言ったんだ……!」


 いや、鎧とか邪魔。鎧を着るくらいなら、全裸の方がましだ。


「クソ! 回復魔法は苦手なんだ……」


 いや、いらないよ? 自分でやるから。回復力に関しちゃ、この世界で私の右に出る者はいないぞ?


「おいシド、薬草と止血用の……」

「まあまあ、ちょっと落ち着けよ、レント。キュウをよく見てみろ」


 シドは一度、私の超回復を見ている。だから焦った表情をしていない。つまらんやつだ。


「抜いて」


 非力すぎてナイフ抜けねぇ。このままでもいいけど、全裸で心臓にナイフは、ファッションとして前衛的過ぎる。ハロウィンでもギリいねぇよ。


「ほらよ」


 大困惑のレントを置いてけぼりにして、シドがナイフを抜いてくれた。後は簡単だ。はい『再生』と。


「元気」

「……とまあ、そういうことらしいぜ?」

「先に……言え」


 レントが膝から崩れ落ちた。正直、これがやりたかったから、あえて言わなかったところはある。ゴブリンに襲われたのは想定外だけど、まあ、遅いか早いかの違いだ。ドッキリ大成功。いえーい。やったね。


「……本当に、何ともないのか?」

「うん」

「どの程度まで大丈夫なんだ?」

「死なない」

「何があっても?」

「絶対」


 骨になっても死なないし、体が消し飛んでも、無から私は再生される。逆にどうやったら死ねるのか。最終的にはそれを探す旅になりそうなレベルで私は死なないし、死ねない。


「つまり、俺たちは自分の心配だけしておきゃいいってこった」

「……まだ信じられん」


 死なないけど、戦闘能力は無いんでね。誘拐とかされたら助けてくださいお願いします。


 私たちは洞窟を出て、ギルドに報告へ向かう。ガッポリ稼いで宿屋に戻った。






「そういや、レントはランクいくつなんだ?」

「白金だ」

「ハッ! 上限じゃねぇか! さっすが勇者なだけあるなぁ」


 私たちはまた、宿屋地下の酒場に来ていた。


 二人は飲み食いをしながら、私のできない話で盛り上がっている。いいなぁ、私も冒険者やりたかったなぁ。


「シド、お前にも白金を目指してもらう」

「へいへい。まあ、なるべく追いつけるように頑張るけどよ」

「ああ、狙える強さはある」

「なんだよ、今日は酒飲んでるから、酔ってんのか?」

「本気で言ってる」

「へっ、そうかよ」


 やっぱり君たち付き合ってるよね? いつから? もうチュウした?


 私は蚊帳の外で、こんなの絶対おかしいよあんまりだよって思いながら、酒を飲む。


 ああ、酔いてぇ……。でも酔えない! 酔えない体が憎い!

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