第7話
レントに連れられて、私たちは町へやってきた。
空は薄暗くなり始めており、早くも酔っぱらった男たちが道で騒いでいる。
「へへ、久しぶりだな、町に来んのも!」
シドはキラキラした目で、辺りを見回している。楽しそうで何より。
「僕が宿泊している宿がある。そこの地下にある、酒場へ向かう」
まーた地下か。私はホント、地下に縁があるな。
……とは言っても、今回は今までとは違った、楽しい地下だろう。なんたってもう、奴隷じゃないのだ。
勇者に一目惚れされて、連れまわされるという、予想だにしない結果ではある。だが、私の異世界スローライフは動き始めた。……ほんとにスローライフが送れるかは知らん。
念願の服も手に入れた。
服……というか、レントが持っていたマントを切って、私にサイズを合わせて、羽織っているだけだけど。全裸よりはましだろう。
レントに連れられて宿屋に入り、地下の酒場へ行って、この世界に来て、初めての食事らしい食事。
「うっし! じゃあこの素晴らしい出会いを祝して、乾杯!」
シドはもうテンションが出来上がってる。お前まだ酔ってないよな? ここからさらにブチ上がるのか? 勘弁してくれ……。
ちなみに私も、普通に酒を飲むことにした。年齢確認? へーきへーき。地球じゃあるまいし、誰も気にしない気にしない。てか、前世なら二十歳越えてたし。ガキじゃねぇんだわ。
そして、しばらくして。
「おい、ガキがよぉ。さっさと帰って、ママのおっぱいでも吸ってろ! ギャハハハ!」
酒場の他の客に絡まれた。言い回しが古典すぎるだろ。何なの? 酒場のダル絡み酔っ払いオヤジは、そのセリフを言う法律でもあるの?
「……あん? なんだぁガキ? いっちょまえに、酒なんかぁ飲んでやがんのか。おいおい、とんだ悪ガキだなぁ? これは、お説教が必要かぁ? ああ?」
あ、結構です。ところで、お説教って絶対性的な意味ですよね?
……私一人だったら、「面倒だなー」って思って、それで終わりだ。
でも、今はシドやレントがいる。そう、仲間がいるのだ。
そしたら、どうなるか? 答えは簡単だ。
もっと面倒なことになる。当然だよね。
「……おい、おっさん。さっきから黙って聞いてりゃなんだ? うちの仲間に、言いたい放題言いやがって? ああ? ぶっ殺してやろうか?」
「ああ? 獣人のくせによぉ、調子にのんなよ?」
「キュウ、下がってろ。コイツは僕が殺す」
あー、めんどいって! てか、レントは酒飲んでないんだから、酔ってないやろがい! デフォでそれかよ。恋に酔ってるってか? やかましいわ!
結局、周りにいた他の客に、両者なだめられて、なんとかその場は収まった。十分飲み食いしたので、私たちは退店。居心地も悪いしね。私たちは酒場の上の宿屋に戻って、休むことにした。
「あー、頭いてぇ……吐きそう」
飲んで騒いだシドはずっとこの調子。うん、馬鹿だ。ちなみに私も結構飲んだけど、全然酔ってない。まあ、『酔えない』という表現が正しいけどね。
「シド、お前の部屋は確保しておいた。部屋のカギだ」
「おう……助かる……」
シドは部屋の鍵を、ふらふらした足取りでレントから受け取り、部屋へ向かって歩いていった。
レントが私に向き直って、鍵を取り出す。私の分の部屋だろう。
「じゃあ……行く、か」
うーん?
……まあ、一割くらい、コイツやるかなとは疑っていたけどね。マジでやりおった。同室にする気だな?
「不安そうな顔をするな。大型でなければ、魔獣も一緒に泊まれる」
違うよ馬鹿! というか、私ってそんなペット同伴可みたいな扱いなのか……って、そうじゃなくてさ。
「……別室にすべきとは承知しているが、他に部屋が空いていない」
じゃあ普通、シドとレントが同室じゃなかろうか?
「大丈夫、間違いは起こらない。信じてくれ」
信じるには時間も信用も足りない! レント、私に告白した時のこと覚えてるか? 「承諾しろ」とか言ってたぞ。力で支配する気満々じゃん。
私は溜息を吐いてから、頷いて、レントについていくことにした。
……悪い奴ではない、とは思っている。
部屋は一人部屋にしては広めで、椅子とテーブルもある。普通に良い部屋だ。しかし、ベッドはシングルサイズが一つだけ。当然だ。一人部屋なんだから。何もおかしなことはないし、普通は、不都合なことなど起こらない。
「僕はそこの椅子で寝るから、ベッドは使ってくれ」
ぶっちゃけ、私は疲れないし寝なくていいしで、ベッドいらない。だけど、横になること自体は好きなので、ありがたく使わせてもらおう。……流石、勇者の泊まる宿のベッド。ふかふかだ。
目を閉じて布団をかぶると気持ちいい。
肉体的な疲れは無いし、精神的にも無いはずだけど、もっと根源的な、魂が疲れた、とでも言おうか。言い表せない疲れが抜けていく感じがする。
異世界人生を振り返ると、激動が過ぎる。安心感に包まれてしまうのも無理はないだろう。
……寝ようかな。
私は眠らなくていいだけで、眠れないわけではないのだ。こんなにも心地よく眠れそうな環境と条件が揃っているのに、眠らないという選択は、凄くもったいない気がする。言うなれば、据え膳食わぬは男の恥みたいな? ……私は男じゃないし、どっちかって言うと今は、据え膳状態なんだけどさ。借りてたマントも外してるし、マジで準備万端って感じだ。いや別に、誘っているわけではないのだけれど。
布団の隙間から勇者を覗き見ると……寝てやがる。いや、フリかもしれないけど。
……まあ、据え膳として食われても、別にいいんだけどね。
レントに借りがあるのは事実だ。それにどうせ、レント以外に買われたって、ご主人様にご奉仕する人生が待っていたんだ。こうして多少なりとも私の人権が尊重されているだけ、ましなのかもしれない。あ、ご奉仕はもちろん性的な意味だよ。
それに、やっぱりこの体は借り物って感覚が強い。
『キュウ』という存在になりきれない。前世の知識があるからだけでは済まされないくらい、何故か、自分に起きることが全て、他人事のように感じるのだ。
……もしかして、『精神攻撃無効』による落ち着きが、そうさせているのだろうか? だとしたら、とんでもねぇスキルを極めちまったもんだ。
……さて、明日の朝。私の純潔は保たれているのか散っているのか。それは明日の私さんに聞いてみないと分からない。それでどんな感情になっているかも同様。よって、今の私にできることはなし。おやすみ!
私は思考を放棄して、安心感に身を任せた。自然と意識が遠のく。抵抗も余裕でできるけど、抵抗はせず、流れに身を任せる。
私は異世界に来てから初めての、睡眠をとった。
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