第6話
会場はどよめきに包まれており、なかなか買い手が現れない。人間の声が重なりすぎてよく聞こえないが、本物か疑う声が多い。……おっと、「ガキかよ……」とか言う、まだ目覚めていない愚者の声もするね。かわいそうに……。
「いつも通り、売れねぇな」
「黙って立ってろ」
シドが嬉しそうに言う。それに対して、アニキがため息交じりに文句を言う。
「買い手はいないか? 黒狼は5億! 伝説の吸血鬼は100億から!
さあ、どうだどうだ!」
司会進行の男が声を張り上げ、多少ざわめきは収まってきた。それでも買い手は現れない。価値がイマイチ分からんけど、桁が多すぎる。ジンバブエドル?
「たか」
「こんぐらい普通だよ普通。俺はともかく、お前に関しちゃ安いぐらいだ」
ふーん。やっぱ金持ちは違うね。つまり、渋っているのは高いからじゃなくて、信用ならないからか。はした金とは言え、好んで偽物を買おうという人はいないだろう。
……それに、魔獣は貴族に恐れられているとか言ってたしなぁ。シドも口が悪くて生意気な性格をしているし、プライド高そうな貴族連中とは相性が悪そうだよね。
「いないか! いないか! ……はい! では残念ながら……」
司会進行の男が募集を打ち切って、次の商品に移ろうとしたその時だった。
「一兆」
座席の一つがライトアップされて、その席に座っていた男が声を出した。
なるほど。高貴な貴族が唾を飛ばして大声を張り上げるのは、下品な感じがするなぁと思っていたけど、そうやって主張するのか。流石魔法のある世界。
「それぞれ、一兆ずつ出そう」
会場が静まり返る。
「えっと、他に! 他に一兆以上はないか! ……では、おめでとうございます! 計二兆ゴールドで決まりです! 支払いや商品の受け取りは、従業員の……」
司会進行の男も困惑しながら、購入手続きの説明を始めた。会場も、さっきとは別のどよめきに包まれている。
私は購入した男を見る。
イケメンだった。金髪碧眼の、王子様という言葉を擬人化したような見た目で、他のだらしない体をした貴族連中とは全く違う、引き締まった体をしている。
「あれが噂の」「……勇者だ」「……なんで勇者が」
どよめきの中に、『勇者』という単語が聞こえる。
シドが呆けた顔をしながら、従業員に付き添われて舞台袖へ引っ込む。
アニキが呆けた顔をしながら、思い出したように一礼して、舞台袖に引っ込む。
……私は? あ、誰かが押して、舞台袖に運んでくれている。良かった。
「マジで売れちまうとはな。……しかもいっぺんに」
アニキは複雑そうな顔をして、私とシドの顔を見た。
そこからはトントン拍子だ。
首輪に魔術が流れて、主人を購入者に登録。
アニキが「おもっ……」と嬉しい悲鳴をあげながら金を受け取り、それを馬車へと積み込んでいる。二兆を現金一括払い。アニキ、帰り道気を付けてね。
「んじゃ、お前ら元気でやれよ」
「おう、お前も早めに、苦しみながら死んでくれ」
手をひらひらふるアニキに、シドがそんな言葉を掛ける。
……さて、どうしたもんかね。屋敷の前でポツンと、勇者と、二人の奴隷。
「動くな」
勇者が一言それだけ言うと、私たちの首輪が紫色に発光。シドが固まったように動かなくなる。
え、私? 私は『呪い無効』持ちだから、動ける。まあ、勇者の圧が凄いから、動こうとは思わないけど。いったい、何が始まるんです?
次の瞬間、勇者が剣を抜いて、シドの首を切った。
……正確に言うと、シドの首にある首輪を、だ。これでシドは晴れて奴隷から解放。自由の身となる。
「……何のつもりだ? あ?」
「貴様に用は無い。ついでに買っただけだ。どこへでも行くがいい」
「……頭おかしいのか?」
「よく言われる。さっさと失せろ」
わぁバチバチだぁ。ちなみに、まだ屋敷の目の前である。警備の兵士たちが、困惑した目でこちらを見ている。
「お前、名前は」
勇者の視線が、私の方を向く。名前? 名前なんて無いけど。
「そいつに名前はねぇよ」
「お前には聞いていない。シド」
「へぇ……俺の名前は知ってんだな?」
「当然だ」
何が何が? 分かんない話しないで!
「いいのか? こんな犯罪者を野放しにして」
「奴隷落ちの時点で、過去の罪は清算されている。それに、そもそも僕にとってはどうでもいいことだ」
奴隷落ち? 過去の罪? ……何があったんだ?
「分かった。どこへでも行っていいんだろ? じゃあ、俺はお前についてくぜ。行く当てもねぇしな」
「好きにしろ」
おお、シド来てくれるのか。流石に、得体の知れない勇者と二人旅は、不安すぎる。ちょっとでも見知った顔があった方が安心だ。
勇者は完全に、私に向き直る。
「それで、お前、名前は?」
「無い」
「そうか、ではつけよう」
「いらない」
「無いと困る。候補を出すから決めろ」
ぐう。シドと違って押しが強い。
「『キュウ』『ケツ』『キ』どれがいい?」
センス終わってるわ。なんだその名づけ。
「お前……センス終わってんな」
「……そうか、じゃあシド、お前がつけろ」
「んじゃ『ケツ』に……」
「『キュウ』がいい」
「分かった。じゃあキュウにしよう」
シドさん? ……アブねぇ。危うくケツになるところだった。そんなのうんちと変わらない。
「僕はレントだ」
勇者改め、レントは私に握手を求めてきた。はいはい、よろですっと。
私がその手を握り返した瞬間、レントは突然片膝をついて、頭を垂れた。
「キュウ。好きだ。結婚してくれ。承諾しろ」
……待て待て待て待て待て! はい?
「なぜ何も言わん。首輪は発動しているはずだぞ。承諾しろ」
レントが声を発するたびに、首輪は紫色に発光している。発動はしているね。私に効いていないだけだ。……てか、下手にでるか上からくるかはっきりしろ。そんなんじゃ、恋の花火はパッと光って咲かないぞ?
「おっま……マジか……マジか」
シドがちょっと赤くなって、そっぽ向いた。ウブガキかよ。
……てか、告られた。どうしようかなぁ。……あ、そうだ。
私は手を首輪にやって、解除する。首輪が音を立てて、地面に落ちた。
「……そういう事か」
そういう事。この首輪、私にとっては、ただのアクセサリーなんだよね。
「それで、返事は?」
ここで返事を聞けるメンタル。強いなぁ。
「ごめんなさい」
「……そうか。そう……か」
すっげぇ。アニキの所で見た奴隷たちよりも絶望してる。おもろ。
「まーまー、レントよぉ」
シドはレントに近寄って、肩を組んだ。
「俺たち行く当てが無いんだ。どうだ? 一緒に冒険して、かっこいいところでも見せりゃあ、キュウだって、コロッといっちまうかもしれねぇぜ?」
「……なるほど」
コロッといくかなぁ? 断った理由としては、ただ単に、人と恋愛的な意味で付き合うってのが、よく分からないからだ。……まあ、行く当てが無いのはホントだし、黙ってよう。
「性急だったな。すまない。よければ、ついて来て欲しい」
「いいよ」
レントは多分、悪い奴じゃないんだろう。……凄く癖の強い感じはするけど。そこはまあ、お互い様か。
「んじゃ、いっちょ出会いを祝して、パーッと飲もうぜ! 金持ってんだろ?」
「それも悪くない。いいだろう。ついて来い」
「お、いいねえ! 話の分かる奴じゃねぇか!」
文字通り、尻尾をフリフリしながらシドがついていく。
……ところで、私全裸なんだけど、町とか行ってダイジョブそ?
ろくでもねぇ男二人は、全裸美少女を置いて、並んで歩きだしてしまった。
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