第5話


 魔獣として牢屋にぶち込まれてから、そこそこ時間が経った。


 金属棒に繋がれている鎖が短いので、思ったように動けない。それでも頑張って見える範囲を確認してみたところ、私みたいな人型の魔獣はいなかった。みんなガチの獣だ。


 ウーウーガルガル、動物たちの大合唱。私も人語は捨てて、鳴き声でもあげた方がいいのだろうか? 吸血鬼ってどんな鳴き声なんだ。きゅーきゅーか? 


 馬鹿なことを考えていると、人がぞろぞろと階段を降りてくる音がした。


 がやがやうるせぇ。なんだ?


「ケルベロスだな」

「ええ、偶然見つけたんですよ。親は近くで死んでて、ラッキーでしたね」

「……本物のようだ。いいだろう」

「ありがとうございます!」


 ……品物チェック的な? 申請していた魔獣が本物かどうか、その確認をしているのだろう。


 私はグイっと鎖を引っ張って、首を伸ばし、何とか人の声がする方を見ようとする。


 もし『痛覚無効』が無ければ、こんなことはできない。首が圧迫されて痛いだろうなぁ。


 もうちょっと、もうちょっと……あ、なんか人の手が見える! もうちょっと、もうちょっと……あ、アニキと目が合った。ん? ジェスチャーで「戻れ戻れ!」って、手を動かしてる。おもろ。


 私、魔獣だから人間の意図なんて知らないもん! アニキのジェスチャーを無視して、さらにグイグイ鎖を引っ張る。私の首が折れるのが先か、鎖が取れるのが先か。さあさあ、はっけよいのこった! 


 私が首で鎖を引っ張っていると、突然、耳障りな、ブザーのような音がして、首輪が紫色に光り出す。


 なんだなんだ……お? おおお? なんか、首がめっっっちゃ圧迫されてる。痛くはないけど、呼吸が滅茶苦茶しにくいぞ。


 息を吸おうとしてもヒューヒューと、かすれた音が出るだけで、全然吸えない。痛みも息苦しさも無いから、問題は無いんだけどさ。私そういうの効かないから。


「おい、馬鹿! 戻れ!」


 アニキが慌てて駆けつけてきた。……まあ、指示通りに戻っておくか。


「おい、ガキ。マジで死ぬぞ。頼むから、大人しくしててくれ」


 今のはなんだ? 魔獣に言うことを聞かせるための仕掛けだろうか? 暴れると首が締まる……みたいな?


 周りの魔獣たちは厳つい見た目をしているけれど、みんな大人しい。この仕掛けがあるから、変に暴れないのだろうか? だとしたら私は、魔獣以上に落ち着きが無いってこと? ……人間様なのに? プライド傷ついた……。マジか……。


 アニキは溜息を吐いて、そして、集団に戻っていった。




 チェック作業が再開されて、しばらくして、ついに私の番。


 おお、思ったより人が多いな。真ん中の紙束を持った人が、チェック係かな? その周りにはアニキと同じような恰好の、つまりは奴隷商人が八人いる。


「……吸血鬼、だと?」

「ああ、『月の森』で拾ったんだ」

「馬鹿なことを言うな。吸血鬼なんて実在するはずがないだろう。おとぎ話の存在だ」

「だが、見てみろよ。羽、肌、髪、おまけにあの眼だ。どうだ? 伝承どおりだろ?」

「……確かに、羽もサキュバスとは別物だ。真っ白な肌、銀髪、赤い不気味な眼も伝承通り……しかし……」

「じゃあ逆に、こいつはそれ以外になんの種族だって言うんだ?」


 揉めてる。ところで私、今遠回しに美少女って褒められてる? え、違う? あ、そう。


「いいからさっさと『鑑定』しろ。それで全部分かるだろ」

「あ、ああ……そうだな」


 男の右目に、小さな魔法陣が浮かびあがり、私は男に、じっと見られる。


 やがて男の目は、信じられないと言った様子で大きく見開かれた。


「……間違いない。吸血鬼だ」


 周りの奴隷商人たちがどよめく。いやだから、最初からそう言ってんじゃん! 私もアニキも!


「バルトお前、黒狼のアイツに加えてまたこんなものを……いったいどうなってんだ?」


 奴隷商人の一人が、アニキに話しかける。


「日頃の行いだよ。お前らも毎日、神様にお祈りするといいぜ」


 アニキも嬉しそうだ。私もようやく吸血鬼って認めてもらえて嬉しいな! できればここから出してくれると、もっと嬉しいな! 無理? あ、そう。


「……お祈りも結構だが、躾はしっかりしろ。いいな? お前は確か、魔獣を売るのは初めてだったな。さっき首輪が発動していただろ? 躾のなっていない魔獣など、絶対に売れんぞ」

「普段は気持ちわりぃくらい大人しい奴なんだがな……」


 紙束男が、アニキに注意をする。アニキは不思議と不安の混じった顔で私を見ながら、そう呟いた。


 何人かの奴隷商人が私を興味深そうに見ていたけど、彼らは仕事中だ。終わったタスクに、いつまでもかまっていることはない。すぐに切り替えて、次の確認作業が始まった。


 そうして全部確認を終えると、奥から順に、オークション会場への移動が始まる。


 私の前を、鎖につながれた魔獣たちが歩いていく。


「おい、出ろ」


 アニキに呼ばれて牢屋から出て、アニキの隣を歩く。気分は完全に、散歩させられている犬だ。


 歩いていると、アニキの隣に、先ほどアニキに話しかけてきた奴隷商がやってきた。


「吸血鬼ってのは伝承と違って、ずいぶんと大人しいじゃないか」

「普段はこうなんだよ。枷を外しても暴れないくらいだ」


 そうよ! 私は大人しいんだよ。さっきはちょっと、好奇心が勝っただけだ。そこらの獣ごときと一緒にしないでいただきたい。気持ちは人間様だぞ?


 アニキに話しかけてきた奴隷商人が連れているのは、尻尾がいっぱいついている狐だった。私が乗れそうなくらい大きい。


 尻尾フワフワでいいなぁ。……えいや。


 揺れる尻尾をわしづかみにしたら、狐は怒って私の右腕を噛んだ。


「ちょっ、馬鹿……!」


 奴隷商人が慌てた様子で一言呪文を呟くと、狐が短く悲痛な鳴き声を上げて、その場に伏せた。


「悪いな。この九尾も躾はしてるんだが、なかなか頑固な奴でな。気に入らねぇことがあるとすぐコレだ」

「いや、むしろ謝るのはこっちだ。……おいガキ、頼むから変なことをするな。何度も言わせないでくれ……」


 まさか反撃を食らうとは思わなかったね。びっくりするわ。……冷静に考えて、急に触られたら、そりゃ怒るか。反省反省。


 奴隷商人は私の側まで近づいて来てしゃがみ、私の右腕をグイっと引っ張って、狐が噛んだところを見る。


「あー……結構派手にやったな、これは。……どうすっかなぁ」


 皮膚も肉も食い破られて、骨まで丸見えだ。美味かったかい? 私のお肉。……って、落としとるやんけ! 首輪で首絞めるから、狐さん、肉落としとるやんけ! ……ああ、もったいない。味と食感は和牛にも負けない自信があるのに……! 味わってもらえないだなんて……!


「いくら吸血鬼って言っても、傷モノじゃ価値は落ちるよなぁ……」


 そりゃ傷無しの、ピカピカ新品が良いに決まってるよね。……もー、しょうがないなぁ。はいはい、治せばいいんだろ治せば。


 私の体が淡く光り、傷がふさがる。


「は? なんで……」

「……色々とおかしいんだ、こいつは」


 アニキは特に驚いた様子もない。いいね、慣れてきたね。


「やろうと思えば、今すぐ逃げることもできるんだぜ? コイツはよ。でも……それもしねぇ。何を考えてるのか分からねぇ。……本当に、気持ち悪いやつだ」


 気持ち悪いくらいかわいいやつ、に訂正して欲しいなぁ。こちとら美少女でい! 得体のしれない化け物みたいに言わんでくれよ。


「得体のしれない化け物だな……っていうか、黒狼のアイツも癖のある奴だし、バルト、お前も大変なんだな……」

「まあ、売るまでは責任もって管理するさ」


 そうそう、命を扱うってことを理解して、飼い主の責任は果たさないとね。


 やがて私たち魔獣は、台車付きの檻に入れられて、出番が来るまで待機。


 ……ところで、完全に忘れていたけど、私、全裸なんだよね。


 論理的には、私は人間ではなく、魔獣であることが確定しているので、全裸が基本スタイルであり、おかしいと思う必要はない。……そのはずなんだけど厄介なことに、私は一応、人間のプライドってヤツを持ってるんだ。コイツはどうすればいいかな? オークションで売れるなら、ついでに売っちゃいたいんだけど。


 ……なーんてね。色々言ったけど実のところ、あまり裸を見られることに抵抗はない。


 なんて言えばいいのかな? RPGゲームで自分の動かすゲームキャラに、きわどい装備を着せても、別に何とも思わないじゃん? あれと似た感じ。私なんだけど、全く私じゃない。この体に起こる諸々を、私はプレイヤーのような、一歩引いた視点で見聞きし、感じている。


 ……まあそもそも、服を欲しがったところで、服なんて貰えないんですけどね。


 檻の中ですることもないので、座って待っている。そう時間はかからずにアニキがやってきて、檻を押し始めた。台車付きなのでするする動く。


「いいか? 喋るな。動くな。何もするな。ずっと座って、深呼吸してろ」


 はいはい。分かりましたよ。しょうがないなぁ。


 運ばれた先はステージがあって、ステージに相対するように、座席が階段状に設けられている。シアターっぽい。


「さあ、次は本日の目玉商品! バルト出品の黒狼と、えっと……吸血鬼? は? 吸血鬼!?」


 会場がどよめく。いったい、私はどうなちゃうの~! ……どうにもなんねぇな。

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