第3話
「お前、鉄格子壊したりは……まあ、出来なさそうだな」
うん。そっち方面は、からっきしだめなんだ。
「……」
シドが無言で、ジッと私を見つめている。どうした? 惚れたか?
「なぁ、なんか、喋ってくれよ」
「あ」
「急に喋るんじゃねぇよ! びっくりするだろ!」
理不尽! 喋れと言ったのはそっちじゃないか!
「てか、喋れるなら最初から喋れ。俺ばっか一方的に話しかけて、虚しくなるだろうが」
それは申し訳ない。孤高の一匹オオカミっぽいくせに、意外とおしゃべり好きなんだろうか。
「で、お前。名前は?」
名前? 名前なんて無いよ。前世の名前はあるけれど、それはもう死んだ私だ。その名前を名乗るのは変だし、嫌だ。あの頃を思い出したくない。
「……なんだ、名前が無ぇのか? じゃあ、俺がつけてやろうか?」
「いらない」
「……あっそ」
私は私だし。名前は、必要な時に考えればいいだろう。『あああああ』でも『うんち』でも『主人公ちゃん』でも、なんでもいい。……いや、うんちはちょっとやだな。
「お前だってこんな生活、抜け出したいだろ?」
「別に」
「いやいや、奴隷だぞ? 抜け出したいだろ?」
「そんなに」
「……じゃあ、俺が抜け出すの手伝え」
「いいよ」
私のハッピーエンドは約束されている。
私が手伝うことで、シドもハッピーエンドを迎えられるとしたら、それは良いことだ。喜んで手伝うよ。シドは私のことを気にかけてくれて、優しかったし。
「チッ、調子狂う奴だな」
「ありがとう」
「褒めてねぇよ!」
お礼を言ったら怒鳴られた。コミュニケーションって難しいね。
……んで? 具体的には何をするんだろうか? 話を持ち掛けてきたということは、きっと、シドがずっとずっと考えてきた、すんばらしい脱出アイデアがあるのだろう。気になるなぁ。楽しみだなぁ。わくわく。
「……」
いつまで待っても、シドは喋り出さない。寝た? どうした?
「……なんか、アイデアないか?」
ズコー! って、んなアホな。アンタ、あんだけ反抗的な態度をとってんだからさぁ、脱出アイデアの一つや二つ、考えときなさいよ!
「ない」
「……だよな」
んなこと急に言われて、私が思いつくわけないでしょ。私、まだ奴隷歴浅いし。もっと言えば、転生したてホヤホヤ。この世界に来たばっかりだよ? 右も左も分かんないよ?
シドは溜息をついて、「今日はもう寝る」と言って、横になってしまった。
静かになる。
……さてと、どうするかな。
私は『状態異常無効』のスキルのおかげで、睡眠をとらなくてもいい。眠れないわけじゃないけど、眠らなくても、全く問題ない。
うーん、脱出ねぇ……協力するのはもちろん良いんだけど、実際、個人的には凄くどうでもいい事でもある。結果の見えないリスクなんて負わなくていいし、そもそも、シドがあの様子じゃ、何をどうすりゃいいかも分からない。
私のスキルは、自分の身を守るためのものであって、他者に『呪い無効』の効果をあげたりはできない。
例えば……どうにかシドの首輪を外せば、チャンスがありそうな気もするけどねぇ。私と同じ特別扱いをされている奴隷なわけだし、弱いってことは無いでしょ。
何か方法はないかと思い、自分の首輪をまさぐってみる。
鍵穴はついていない。魔法の力で外れないとか、そんな感じかなぁ。
『解呪』のスキルで外れる? やってみよっと。スキルはあるし。
ゴトッ。
あ、これはやべぇ。
首輪が石畳に落ちて、鈍い音がした。
「ったく、俺が寝ようってのに、何の音だぁ? あ? ……ああ? ……あああああああああああああああああああああああ!」
シー! 大きな声出さないで! アニキ来ちゃうって! まずいって!
「お、お前、それ! やばいって、おい! どうにかしろって! おい!」
「あわわわ」
「落ち着け!」
いやいや、シドも落ち着け。私も落ち着け。まずは深呼吸だ! ……って、んなこと悠長にやってられるか! どうしよどうしよ……。
とりあえず首に装着してみるが……ダメだ! やっぱり魔術でくっついていたようで、手を離すと真っ二つに分かれて落ちてしまう。
ギィィィ……っと、金属扉の不気味な開閉音が響く。まずい、これ絶対アニキ来てる!
「おいおいおい、やべぇよやべぇよ……」
「あわわのわ」
慌てふためく私とシド。とりあえず首にはめて、手で押さえてごまかす! これしかない!
「おい! うるせぇぞシド! 罰が足りねぇのか! ああ?」
「ああ……いやその……えっとだな、すまん」
「……は? なんだよ、気持ちわりぃな……。チッ! いいか、静かにしてろよ!」
アニキの視線が、ギュンとこっちへ向く。はわわわわわわわわ。
「へッ、おいガキ。そんな風に引っ張ったって、その首輪は取れねぇよ!」
……そっすよねぇー! えぇ、全然取れないですぅ! いやぁ、困ったなぁ!
「なんたって、特別な魔術がかかってるんだ。力づくじゃもちろん、並大抵の解呪魔法でも外れやしない代物だ。……まぁそもそも、どんな力を持っていようと、その首輪がつけられた時点で、お前らは終わりだ。腕力も魔法も封印されて、全部使えなくなっちまうからな! はっはっは!」
いやぁ、長々と御丁寧に、説明あざっすアニキ! そっかそっかぁ! でも、もうちょっと頑張ってみようかなぁ? なんか、ずっと手に持っていないと外れそう……じゃなくて! ずっと引っ張っていれば、何かの拍子に外れるかもしれないっすからね!
「まっ、好き勝手に、足掻きたきゃ足掻け。そして奴隷らしく絶望しろ! へへっ、ようやく奴隷らしくなってきたじゃねぇか、ええ? ガキ?」
うっす! 自分、模範的な奴隷として、精いっぱい足掻くっす! はい! くそーこのー首輪めー外れろー!
「あーあ……いいもん見れたから、どっちも罰は無しにしてやるよ!」
アニキは上機嫌で去っていった。お疲れ様っす!
「で、どうすんだ? ソレ」
「さあ」
だってこんな簡単に取れるとは思わないじゃん? 私、悪くないよね?
「なぁ……もしかして、この牢屋の鍵も開けられるんじゃないか?」
ほう?
「この牢屋は、魔法で施錠されているんだ。あのクソ野郎が魔力を流すことで開閉される仕組みだ。だが、お前なら……」
なるほど、そんな仕様になっているのか。……まあ確かに、鍵穴とかの物理的ロックは、何かしらの工夫で開いたりするかもしれない。
過去にテレビで、どんなに厳しい刑務所にぶち込んでも、必ず脱獄する、脱獄王の話を見たことがある。本人認証機能付きの魔法で牢の鍵を管理すれば、首輪の力がある限り、間違いは起こらないだろう。……まあ、私という例外はいるんだけど。
でも、試すのは危険かな。私のスキルでは、開錠しかできない可能性が高い。
恐らく施錠は『呪い』、開錠は『解呪』って位置づけな気がする。首輪はともかく、牢屋の鍵が開けっ放しになるのはまずいだろう。ごまかしようが無い。
「……まあ、焦る必要はねぇな。慎重に動こう」
シドも、私と同じ結論に至ったようだ。
それから、しばらく時間が流れた。
時計はもちろん、日の光もない。時間感覚なんてものは消え去った。ここに入れられて何日、あるいは何週間経ったのか。一か月はまだ経っていないと思うけど、確信は持てない。
「おら奴隷ども! 餌の時間だ!」
アニキ、待ってました! いやー、首輪ずっと引っ張ってるんで、腹減るんすよねー! あ、そこ置いといてください! はい! 自分、今じゃなくて、後で食べるんで!
「最近、お前……妙におとなしいな?」
「え、あぁ……そうか? えっと…………くそやろう」
「明らかに牙が抜けちまってる。なんだその、ふにゃふにゃとやる気のねぇクソ野郎は」
「気のせいだ、気のせい。さっさとあっちに行けクソ野郎」
「……気持ちわりぃなあ」
アニキの視線が、こっちを向く。
「んで、おいガキ。いい加減、諦めたらどうだ? だから、その首輪は外れねぇんだって。言葉の意味分かるか? ああ?」
いや、あのですねぇ……こっちにも、のっぴきならない事情というものがありましてね? えぇ。
「もう二週間だぞ? ずっとそうやってるじゃねぇか。朝だろうと夜中だろうと、いつ来てもそうやって、首輪を引っ張ってよぉ。諦めが悪いにもほどがあるだろ? ああ?」
私は眠らなくても問題ない。だからずっと起きていて、ドアが開いた音がすれば、すぐに首輪を首に装着する。
「それに……チッ、相変わらず嫌な眼をしてるぜ全く。絶望のかけらも感じねぇ」
絶望する要素が無いんだもん。しょうがないよね。
「お前ら、三日後にオークションだ。……まあ、せいぜい高く売れてくれよ」
そう言うと、アニキは去っていった。
扉が閉まった音を確認してから、首輪を地面に置く。
「……おい、もう限界だろ」
「いける」
「無理だって」
「やれる」
「ハァ……」
溜息つきたいのはこっちだ。もう限界だよ。無理だよ。ごまかせないよ。
三日後、オークションとか言ってたな。……流石にバレるか?
この限界生活も、三日後には何かが変わる。
それが、良い変化であれば良いけど……まあ、そんなわけないよね。
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