第2話

 そこそこ大きな町へ着いた。


 門番的な人が「荷物を確認する」と言って、荷台の中を覗き込んでくる。何も言わずに「通れ」と言って、私たち奴隷をのせた馬車は動き出した。奴隷が合法なのか賄賂でも受け取ってんのか、まあどっちでもいいけどね。


 それから私たちは汚い屋敷の前で下ろされて、その屋敷の地下室へ強制連行。そこは地下牢のようで、すでに奴隷の先輩たちが捕まっていて、みんな暗い顔をしていた。


 通路の両脇に牢屋が並んでいる。私と一緒に連れてこられた子供たちはそれぞれ牢屋に入れられている。


 私は? ねえねえ私はどこ? ってあれ?


 アニキは私に繋がれた鎖をグイっと引っ張ってさらに通路を進む。通路を左に曲がって少し進むと行き止まりになっていた。地下の通路を分かりやすく言うと、アルファベットのLだ。私は現在Lの短い方の出っ張りにいて、そこにも通路を挟んで一つずつ牢屋が設置されていた。


「お前はここだ」


 お? なんか個室貰った。鉄格子でばっちり牢屋なのは変わらないけど、個室だ個室。他の人達は問答無用でルームシェアさせられている。私はそれだけ特別扱いされているってことでいいのかね? まあ、私は伝説のポケ◯ンですからね。当然と言えば当然か。


 それにしても……想像はしていたけど獣人ってやつかねあれは。


 奴隷の中には猫耳とかウサギ耳とかついた人もいた。そしてやっぱり獣人の地位は低いのだろうか? これだから人間ってやつは。


「おい、新入り」


 誰かに声を掛けられた。人物の特定はすぐできた。私の向かいの牢獄に、私と同じように一人で入れられている、犬っぽい耳が頭についた黒髪の男だった。地球基準で考えると二十代前半くらいだろうか? ただ異世界は年齢と見た目が一致するとは限らないからなぁ。


「おい、そこのアホ面痴女。無視してんじゃねぇ」


 痴女? えー? こわ~い、絶対ヤバい人じゃんか~。


「何キョロキョロしてんだ! お前だよお前!」


 あ、私か。てか私まだ全裸だったわ。奴隷のみんなはお揃いのボロ服を着ていた。もちろん目の前の男も。いいなぁ。てかアホ面? は? アホみたいに可愛い面だろうがコラ!


「お前分かってんのか? こんなところに入れられて、よくもまあ、そんな眼をしていられるな」


 眼? ああ……確かに、私は他の奴隷たちとは違う。希望は失っていない。だってこの先に待っているのは、どうあがいてもハッピーエンドだから。こんなのただの余興だ。


「何を勘違いしているか知らねえが、こうなった以上変に期待せず、何もかも諦めて、淡々と過ごしていた方がいいぜ。じゃねぇと疲れちまうからな」


 なるほど、先輩奴隷さんからのありがたい忠告か。しかし、それにしては……この人は全然諦めてないように見えるのはなぜだろうか。


 他の奴隷たちは見て分かるくらいには絶望している。通路を歩いているとき、誰一人こちらを向かないでうつむいていた。ところが向かいの黒髪獣人はまるで転校生に話しかけるかのようだ。明らかに他の奴隷とは違う。


「ま、せめて良い貴族に買われることでも願ってな。つっても、奴隷を買う奴なんて例外なくクズ貴族ばっかりだけどな」

「おいシド! てめぇさっきからうるせぇぞ!」


 アニキが怒って戻ってきた。黒髪獣人の顔が曇る。やべ、先生来たって感じだ。


「余計なことを話すな! ったく……ああ、そうだ、丁度いい。……喜べシド、お前には罰をくれてやる!」


 アニキはそういうと右手を胸の高さまで持ち上げて地面と水平に伸ばした。右の手のひらをシドと呼ばれた黒髪獣人に向けると、何やら呟く。


 次の瞬間、アニキの手のひらに小さな赤い魔法陣が出現し、そこから水が飛び出した。


「ッツ……!」

「おい、ガキ。お前も変なことはしない方がいいぞ。こうなりたくなければな」


 黒髪獣人の肌が、薄暗い地下でも分かるくらい赤くなっている。熱湯でも掛けられたのだろうか。


 にしても、今のが魔法か。すぐに手からお湯が出るなんて便利だな。地球だったらそれだけでビックリ人間として一儲けできそうだ。


「シド、お前今月で十回目だぞ! 黒狼族だからって調子乗ってるかもしれねぇが、あんまり好き勝手するようなら、容赦なく処分するからな!」

「チッ! だからさっさとすればいいだろうが! 俺はずっとそう言ってる!」

「黙れ!」

「クッ……!」


 また熱湯。こいつら仲悪すぎか? ……いや、奴隷と奴隷商が仲良しなわけないか。


「おい、ガキ」


 へいアニキ、なんでしょうか?


「……気が変わった。お前も一緒に罰を与えてやろう。いいか? ここでは俺が気に入らないことをしたらこうして罰を与える。今回は特別にそれを体験させてやろう。体で覚えて、歯向かうような真似はするんじゃねぇぞ?」


 とばっちりなんですけど!?


「おい! クソ野郎! そいつは関係ないだろ!」

「黙れ!」


 シドが私を庇おうとしてくれた。なんだ良い奴か?


 そうこうしているうちにアニキが詠唱を完了して、その手から熱湯が放たれる。まあ、私は痛みを感じないし、寒さ熱さにも耐性持ってるから何ともないんだけどね。


 私の気持ち的には何ともないが、体は一応しっかりダメージを受ける。私の体は全体的に真っ赤になっていた。うわー、これ絶対痛いやつなんだろうなぁ。


「……チッ。声も上げねぇ。気持ちわりぃ」


 アニキはそれだけ吐き捨てるように言うと去っていった。地下牢の出入り口である金属扉が、不気味な音を立てて閉まった。音が完全になくなってから、さらに時間を十分において。


「へぇ、ガキのくせに声を出さねぇなんて、結構根性あるじゃねぇか」


 シドが声をかけてきた。さてはお前、優しいな? さっき余計なことしゃべるなって言われたばかりなのに私の心配をしてくれるなんて……。


 さて、私も、もういいだろうか? アニキも行ったし。


 私は『再生』のスキルで体を修復する。別に痛みはないけれど、せっかくの真っ白ボディがこれでは台無しだ。まあ、見せる相手はいないんだけどさ。……あ、シドがいたか。


「お前、なんで……」


 淡い光に包まれて、皮膚を再生した私を見たシドが驚きの声を上げる。


 シドが驚いている理由など聞くまでもない。どうせ首輪には能力封印の呪いが~とかそんな感じだろう。でなければいかにも狂犬って感じのシドが、大人しくこんなところでお座りしているはずがない。


 私は『呪い無効』のスキルを持っているので首輪の能力が効かない。ただまあ、できることと言えば自分の回復くらいのもんで、首輪引きちぎったり鉄格子を曲げたりとかはできないんだけどね。


「……いいか、そのことは黙ってろよ? 色々面倒になる」


 もちろん。面倒になることは容易に想像できる。私としてはさっさと適当な貴族に売れて、飽きて捨てられるか雇い主が死ぬまで生活して、スローライフを始めたいのだ。変にスレイブライフを長引かせるなんてまっぴらごめんだ。


 シドはそれから何かを考え始めた。私をじっと見つめて、ずっと何かを考えている。


「なあお前……」


 そして口を開く。


 想像はつく。奴隷が奴隷に話しかける内容なんて、大体これだ。


 シドは私の予想通り、脱出の話を持ち掛けてきた。




 

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