無責任吸血鬼少女
つい
第1話
あ、左腕が取れた。
良いね良いねぇ、ワンちゃん。良い食いっぷりだぁ。せっかくだし、右腕もどうだい? ハハッ、なぁーに、遠慮すんなって。腕の一本や二本、どうせ減るもんじゃないんだし。……え、減る? あっはっは! こりゃ一本取られた、腕だけに(?)。
そんな私の思いが届いたわけではないだろうけど、ワンちゃん……正確に言うと、狼の魔獣は、私の右腕も容易く引きちぎって食べ始める。
……でも、私の細くて短い腕では、満足感なんて得られないだろう。味と食感には絶対的な自信があるけどね! ……って、落ち着け私。何を食い気味に反論しているんだ。今はふざけている場合じゃないぞ。
……と言っても、今すぐこの狼をどうこうする方法はない。現状、私にできることは、狼さんが満足するまで待つことだけだ。
文字通り、秒で両腕を平らげた狼は、私の腹を食い破り、内臓を食べ始める。ちなみに、私は内臓系で言えばハツが好きだ。あの食感がたまらないんだよね。同じ理由で、タンも好きだ。豚タンは安いから本当にありがたい。だがしかし、やはり牛タン。豚タンも好きは好きだが、牛タンの代わりになるかと言われたら……ならない。……ああ、焼肉行きたくなってきたな。
ガツガツムシャムシャと、適当に私を食い散らかしていた狼は、満足したのか、それとも、好きな部位を食べ終わったのか。私が脳内焼肉を楽しんでいる間に、どこかへ行ってしまったようだ。気づいた時にはいなかった。
さてと。
私は『再生』のスキルで、自分の体を元に戻す。
まったく、転生して目を覚ませばすぐこれだ。魔獣がはびこる、危険な世界だということは事前に聞いていた。さっそく、手厚い歓迎を受けてしまった。
私は起き上がって、周囲を確認する。夜だ。私の種族は吸血鬼だから、そこは転生の神様が配慮してくれたのかもしれない。知らんけど。
自分の体を確認する。注文通りの銀髪ロリだった。手も足も細いし、胸も全く無い。本当に素晴らしい。近くに鏡が無いので、確認しようがないけれど、きっと顔面だって良い感じに違いない。こういうのは、そういうもんなんだよ。……ただ一つ、問題があるとするならば。
自分が、全裸ということだ。
あの……すみません。これ、注文してないです……。え、サービス? いやー、困ります困ります。本当に。
……まあ待て、冷静に考えよう。動物は服を着ない。私は動物である。ゆえに、私が服を着ないことは当然である。よし! アフリカゾウが突進しても揺らがない、完璧な三段論法。
てか、そもそも、ここは森で、文明を感じるようなものは一切ない。私は人間じゃなくて吸血鬼だから、野生動物みたいなもんだろう。そう考えると、むしろこれが正装まである。うん、そうだ。冷静な私がそうだと思うんだから、そうだ。
これ以上、無駄なことを考えるのはやめて、私は、背中にある羽で空を飛ぶ。
前世の地球にいた頃は、ベタに「生まれ変わったら鳥になりたい……」なんて、考えていた時期もあった。けど、実際に飛んでみると感慨も何もない。アレコレ想像している時間の方が圧倒的に楽しかった。いざ実現すると、コレじゃない感がすごいってのは世の常だ。
当ては無いけど移動しよう。目的地は分かりやすく、月が浮かんでいる方向でいいだろうか。ぶっちゃけどこでもいい。とにかくスローライフを送る。それが第二の人生を歩む、私の目標なのだから。
飛び始めてから、三十秒ほど。突然、脇腹あたりに、ぶん殴られたかのような衝撃が走る。
何事かと確認すれば、でっけー鳥が、ビー玉みたいに小さな目で、私を見つめていた。
完全なる航空事故。確かに私も不注意だったけどさぁ、しょうがないよね。初フライトだったもんね。こういう時はベテランの、鳥さんの方で避けて欲しいもんだよ。避ける場所なんていっぱいあるじゃん。だって空は、こんなにも広いんだからさぁ。
……なーんて、一人脳内でふざけてみるけれど、これは完全に、腹をくちばしで、ガッチリと挟まれている。事故と言うより、捕獲されたと言った方が正しい状況だ。私の未来は、鳥さん一家の、素敵なディナーのメインディッシュと言ったところだろうか。味と食感には自信があるからね。任せといてよ。
……さて困った。転生して間もないのに、困ったことが多すぎる。どうなってんだこの世界は。責任者を呼べ。
私に攻撃能力は無い。
いわゆる『転生者特典』というやつを、生存能力に振り切り過ぎた結果、マジで攻撃能力ゼロ。見た目通りの、か弱い女の子なのだ。
その代わり、絶対に死なない。
つまり、死なないけど、されるがまま。……あれ、もしかして、死ぬよりきつくないか?
そんなこんなで、ガッチリホールドで運ばれて、ピーピー鳴く、鳥の魔獣のヒナたちのごはんになって、骨になって、捨てられて。
そろそろ大丈夫かな……? と、肉体を再生させた頃にはすっかり朝だ。
生きながら骨になるまで食われる体験、『精神攻撃無効』のスキルがなければヤバかったじぇ……。二度と経験したくない……。
しかし、『再生』のスキルを極限まで高めたおかげで、骨からでも肉体再生ができるとは、マジで化け物だなぁ。
吸血鬼特有の再生能力もあるんだろうけど、ちょっと凄過ぎる。それに、転生直後から今まで、『痛覚無効』のスキルにも、お世話になりっぱなしだ。マジでサンキュー愛してる。
さて、ココドコー?
いやね? ずっとずっと、「どこ?」って感じなんだけどさ。目覚めた位置から、かなり遠くへ来てしまった。てか、また森か。いっそ、砂漠だの火山だの、全然違う環境にでも運んでくれれば良かったのに。
文句を言っても仕方がないので、なんとなく歩いていると、少し開けた場所へ出る。木々が切り開かれ、道? みたいになっている。
地面を注意深く観察すると、二本の線が、一定の間隔で、スーッと伸びている。
えーっと……車輪の跡?
しばらくその轍を見つめて、さては、「これをたどっていけば、町やら村やらに着くのではないか」ということに気が付いた。私、天才か? これは流石に、ノーベル頭が良いで賞受賞不可避。そうと決まればいざ行かん。幸せな未来はやってこない。自分の足で進むのだ。
そうして、えっちらおっちら歩いていれば、やがて何かが、近づいてくるのが分かる。
線路の上を歩いていれば、列車が近づいてくるだろう。車道を歩いていれば、車が近づいてくるだろう。……では、馬車が残した轍の上を歩いていれば? そうだね、馬車が近づいてくるね。
私のすぐ後ろで、馬車が止まる。二人の男の声がする。
「……もしかして、吸血鬼か?」
「んなワケないでしょーアニキ! 今、昼っすよ? どうせ、全裸で吸血鬼の格好しながら森の中を徘徊する、多分、関わらない方がいい系のヤバい奴ですって!」
おいおい、こんな美少女になんてことを言うんだ! いいか? まずは私の曇りなき眼を見てくれ。ヤバい奴かどうか、決めるのはそれからでも遅くないだろう?
私はクルリと振り返って、馬車から降りてきた二人の男を見つめる。
「……てか、ガキじゃねぇか。しかも上玉だ」
「そっすね。やべえ奴かもしれねぇっすけど、大当たりっすね!」
うんうん、どうやら私が美少女ということを、このおっさんたちは認めてくれたらしい。……ところで、異世界において、悪そうなおじさんがガキを見て「上玉」だの「当たり」だの言ってるのは、大体奴隷のイメージしかないんだけど、あってる?
アニキと言われていた男が、手錠だの首輪だの、拘束道具を持ってくる。わーい、正解だ。さっすが、ノーベル頭が良いでしょう受賞経験を持つ私。少ないヒントから、己の知識を総動員して、見事正解を導き出した。
見事正解をした私には~? 金属拘束具をプレゼント~……いやいやいや! プレゼントじゃないが? どっちかというと、罰ゲームだが?
私に攻撃能力は無い。見た目通りの、か弱い女の子だ。大人に抵抗できるはずもなく、手足をガッチリ拘束されて、謎の術式がかかった首輪がハマって、絶望した少年少女が乗る荷台へご招待~。ここの空気死んでてマジウケる~。
「しっかし、こんな所に、全裸のガキが一人なんてな。ヘンなこともあるもんだ」
「そっすね。しかも、背中の羽も本物みたいですし、不気味過ぎますって」
「きっと頑張ってる俺たちへ、神様からの贈り物さ。もしかしたら、本当に吸血鬼だったりしてな」
「日光に当たっても平気な時点で、あり得ないっすよ……それにそもそも、吸血鬼なんて、伝説上の存在じゃないっすか」
「確かにな。伝説ではとんでもなく強いらしいが、一切抵抗もしなかったし……妙なガキだ」
「きっと訳アリってやつですよ。今の時代、色んな事情がありますからねぇ」
そんな、男たちの会話が聞こえてくる。……へー、私ってば伝説のポケ○ンみたいなもんなのか。それは良いこと聞いた。レアリティがSSR。素直にテンション上がる。
男たちに奴隷として捕まったのも、案外悪くないかもしれない。このまま、この森をさまよっていたって、どうせ食物連鎖の最下層収まるんだ。そして魔獣さんたちに、少なくて味の良いお肉を提供する一生になっていただろう。
それに、私は死なない。
奴隷として売れた後、たくさん時間が経てば、また自由の身になる。これからの吸血鬼人生は、本当に本当に長いんだ。奴隷として売れておくのも、経験だ経験。
スキル『不老不死』がある私は、死ぬこともなければ、これ以上、老いることもない。絶対に成長しないロリ。最高。我ながら素晴らしい体をゲットしてしまったもんだ。
さーて、まずは、私を魔獣から保護し、人間社会のある所まで運んでくれる、このおっさん達に感謝の意を込めて、奴隷として、うんと高く売れてやろうじゃないのよ。
私は意識高い系奴隷として、死んだ空気の中で、一人生き生きとした目で、決意を固めた。
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