暴走お嬢と偏愛従者(2)

 致し方なく応戦開始。

 突撃してきた海賊を棍でいなして別の海賊にぶつけ、一斉に飛びかかってくれば棍でぐるりと薙ぎ払い、投石してくる者がいれば、駆け抜けて突きをくらわせます。

 てんやわんやの乱闘騒ぎ。

 その最中すら、お嬢は笑顔を浮かべていました。

 

「ねぇ見て、ラン! これってまるで、山賊に襲われてるみたい!」

「言ってる場合じゃねぇですが?!」

「だってだって! お祖父様の手記で見たのとそっくりなんだもの!」

 

 彼女の戦いぶりは、まるで踊っているかのよう。刃の軌跡は美しく、飛び交う炎は花のごとく。刃をふせぐ音すらも彼女にとっては拍手であり、飛び交う弾はおひねりです。

 いいや、こうした表現すらも、ふさわしくないかもしれません。

 だって、お嬢の笑顔は妖艶な踊り子のそれではなく。

 

「すごいわね! 本当に冒険者になれたみたい!」

 

 夢が叶った少女のような、無邪気な眩しさに満ちていましたから。

 

「あぁくそ、楽しそうにしちまって。……っと、ぉおおッ?!」

 

 不意に突貫してくる巨大な拳。

 とっさに棍で受けますが――これは、無理!

 衝撃に身体が吹っ飛びます。背中が壁に叩き付けられ、骨の軋む音が聞こえました。

 

「ずいぶんと、やってくれたじゃねぇか」

 

 拳の主はブチギレもふもふ船長さん。

 さすが獣人だけあって、腕っ節も一級品。

 お嬢がオレを庇うように立ち塞がりますが、護衛であり従者でもあるオレが守られるわけにはいきません。どうにか立ち上がり、隣で棍を構え直します。

 

「ラン、この人かなーり強いかも」

 

 たしかに、この獣人には隙が一切ありませんでした。正々堂々と戦ったところで勝ち筋は細く、逃げも隠れもできない船のうえでは、不意打ちすらも不可能でしょう。

 だったら、仕方ありません。

 真正面から邪道で切り抜けるとしましょう。

 

「お嬢、もうずいぶん楽しみましたよね?」

「うん! こんなに楽しかったの、お祖父様たちが居たころ以来かも」

「そりゃよかった。それじゃ、ぼちぼち全力でやっちゃってくださいな。ただし、撃つ場所は空にしてくださいね。じゃないと船ごと沈みますんで」

「よぉっし、それじゃ、本気でやるわよ!」

 

 頷くと、彼女は剣を横に構えて――

 

「星染めの赤。さまよう火華。猛き炎神アディエラよ」

 

 柔らかな唇から溢れる、麗々とした言葉たち。

 紋章術の詠唱です。詠唱の伴う紋章術は無詠唱のそれとは段違い。とりわけ、この術は非常に強力なもの。船長さんもそれを察したのでしょう。一瞬の瞠目の後、即座に行動に移りました。

 

「やらせねぇ!」

「それはこっちの台詞です、よッ!」

 

 飛びかかってきた獣の腕を棍で受けますが、あまりの力に甲板に脚が沈みます。

 さすが獣人、デタラメな膂力。

 真っ当な力比べでは、勝てるわけもありません、ので!

 

「んぎ、ぎッ……! 《舞風ヴェン》!」

「んぉッ?!」

 

 吹き荒ぶ風で体勢を崩すと。

 

「から、のぉッ!」

 

 棍で獣を薙ぎ飛ばし、間髪入れずに次の一手へ。

 

「其は汝の輩なり。誘い踊れ、響きの限り――《縛り風ヴェン=フニス》!」

 

 逆巻き踊る風の檻。砕けた甲板や積み荷を巻き込み、獣の身体を囲みます。

縛り風ヴェン=フニス》は、相手の動きを止める術。小さな獣であれば完全に動きを止められますし、人間であれ、無理に脱出しようとすれば転びます。しかし、相手が鎧を着込んでいたり、屈強な肉体を持っていると、さほどの効果は見込めません。

 当然ながら、獣人は後者に当て嵌まります。

 

「はッ! こんな小技で獣人を止められると――」

「思ってません、よッ!」

「うおッ?!」

 

 風で浮かんだ障害物で目をくらましている間に、突貫して棍の一撃。

 なかなかの当たりでしたが――船長さんはわずかに後ろへ滑っただけ。

 本当に、獣人ってのは凄まじい。丈夫な毛皮と筋肉には生半可な攻撃など利かず、武器のひとつも持ってなくても、拳ひとつで壁をも砕く、凄まじい力です。


 長くは耐えられないでしょうが、それで十分です。 

 だって、主役はオレじゃありません。

 船長さんそれにも気付いたようで、瞳を大きく見開いていました。

 

「汝の欲に道を示さん。汝の愛を此処に示さん」

 

 ちりちりと空気が焼け焦げていました。

 渦巻く熱気は徐々に炎の形を取り、お嬢の剣に集まっていきます。熱に煽られて風も踊り、船が大きく揺れました。誰も彼もが畏怖するような力がうねり、お嬢に集まっているのです。

 

「なンだよ、この馬鹿げた熱気は! 並の術士に出来たもんじゃねぇぞ?!」

「並の術士には出来なくたって、お嬢だったら出来るんです。だってほら、紋章術にいちばん影響する要素は、神様からの好感度ですもん。知ってるでしょう?」


 力を貸せば、自分好みの人生が見られる。

 そう思える人間にこそ、神々は強力な加護を授けます。それはまるで、商人が役者に投資するかのよう。きっと神々は酒でも傾けながら、己の紋章を使って足掻く人間たちを観劇しているのでしょう。

 そんな神々の中にはひとり、無理無茶無謀な劇を好む女神が居ました。

 

「昂ぶるままに焼き尽くせ。求めるままに融かし尽くせ」

 

 朗々と。麗々と。

 鈴の声が薪となって、世界に炎を喚んでいます。

 

「そして炎神アディエラは、自由をなにより愛する女神。苛立ちのままに世界を焼いたこともあれば、その火で世界を暖めたこともある、もっとも我儘な神様です。であれば、お嬢が並々ならぬ力を持つのも、当たり前ってもんですよ!」

 

 赤く染まった空気が渦巻き、お嬢の紋章へと集まります。

 一瞬の静寂は、熱が失せたためではなく、弾け飛ぶ間際の猶予でした。

 赤く、朱く、なおも紅く。

 アディエラの紋章が煌めいて。

 

「我はすべてを代行する――ぶちかますわよッ!」

 

 その輝きすらも曇らせる、眩い笑顔を湛えながら。

 お嬢は剣をたかく突き上げ――

 

「だってお嬢は、世界でいちばん我儘なひとなんですから!」 

「《終の炎腕フィニス=キニス》!」


 放たれる紅蓮の業火!

 耳裂く轟音。揺れる船。同時に差し込む陽の光は、炎が雲すら打ち払った証左。鮮烈な赤が風を生み、帆がうるさいほどに揺れています。やがて輝きはいちど弾けましたが、それでも炎は船よりも長大でした。

 煌々と照る炎をまえに、海賊たちは腰を抜かし、海に飛び込む者までいる始末。

 頑張った甲斐のある良い反応です。

 オレたちはうなずき合うと、一歩前へ。

 

「さて。それじゃ、交渉といきましょうか」

「……交渉?」

 

 ただ一人だけ動じずに、船長さんが応じます。

 

「こちらの要望は先と同じ、船に乗せて欲しいんですよ」

「応じてくれれば、コレを振り下ろすのは止めてあげるわ」

「言っておきますが、見た目通りの威力ですよ、コレ」

「この船くらい、あっさり吹き飛ぶんじゃないかしら」

「そりゃあ何とも、ずいぶん穴だらけな脅迫……いや、交渉だな? お前たちこそ、ここで船をぶっ壊すわけには行かないだろうに」

「……おや、交渉決裂、ってことですか?」

 

 思いのほかの冷静さに、内心焦り倒します。

 殺し殺されの大乱闘に転じやしないか。

 万が一に備え棍を握り直します。

 

「あぁ勘違いすんじゃねぇよ。それだけの力、ここで従わなけりゃ余計な波が立つだけさ。そんなもん、互いに何の益もねぇ」

 

 それを皮切りに、船長さんは笑いだします。

 

「はッ、笑えねぇなぁ。お転婆嬢ちゃんと若造に、俺の船が落とされるってか! ホンっとなんだよお前らは。頭を下げりゃ乗せてやんのに、楽しそうだってだけで暴れてよぉ! こんなバカどもが、イスラフラッグの外にも居るなんてなァ」

 

 腹毛を抱え尻尾を暴れさせるデカ犬。

 この反応は想定外。

 あまりのことに、お嬢と顔を見合わせます。

 

「頭がおかしくなっちゃった?」

「世間一般的に言うと、おかしいのはこっちの方だと思いますが」

「それじゃ、世界がおかしいのね」

「……まぁ、そういうことでいいんじゃないですかね」

 

 気が抜けたのか、炎も潮風へと消えていきましたが、海賊たちが襲ってくる気配はありません。すっかり、荒事という空気ではなくなっていました。

 

「さぁて。その交渉に乗ってやっても良い――」

「本当ね?!」

「……んだが、その前に、だ」

 

 喜ぶお嬢に詰め寄られ、船長さんはたじたじと数歩下がります。

 それから彼は形式ばった礼をお嬢へ。

 海賊にしては、きちんと礼儀を弁えている方のようです。

 

「俺の名はグァルグ。グァルグ=ベルグだ。もう一度アンタの名前を聞かせてくれ」

「オレですか?」

「違ぇよ、寄るな、割り込むな。そっちの嬢ちゃんの方だっての」

「エイル=シーカーよ」

 

 応じて、お嬢も美しい礼を返します。

 

「シーカー、ねぇ……」

 

 船長さんは考え込むように、自身の額を指先で叩きだしました。

 

「エイルにランネル。改めて言うが、俺はお前らを船に乗せていいと思ってる」

「その口振りだと、なにか条件が?」

「船賃代わりに話が聞きたいのさ。お前らが何でこんなことをしたのか、な」

「さっきも話したでしょう。イスラフラッグに行きたいんです」

「その理由と経緯だよ。ただのお転婆ならともかく――」

 

 グァルグ――いえ、ケダモノの視線がお嬢を舐め回します。

 船賃はお前の身体だ三日三晩グチャつかせてやるぜグヘヘヘヘとでも口にしたなら、その場で砕いて魚の餌です。いえ、もうやっちまった方がいいかもしれません。お嬢の身体を眺めるだけで、許されざる罪なのですし。

 よし殺ろう、と棍を構えたタイミングで、ケダモノが口を開きました。

 

「アンタ、スティルベルのお姫様だろ?」

 

 その一言が、ぎくりと胸に刺さります。

 おそるおそるお嬢の表情を見ると、晴れやかだった表情には雲がかかっていました。視線は空の向こう側。唇は珊瑚のようにツンツンと。明らかに不機嫌な様子です。 

 仕方ないので、代わりに話すことにしました。

 星と猫の国スティルベルのお姫様。冒険王の孫娘。

 エイル=シーカーの家出話を――

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