青に描くは赤い夢
晴れ渡る空と、澄み渡る海のあいだ。
オレとお嬢は甲板で大の字に横たわっていました。
なにせ凄まじい揺れだったのです。ネズミを追いかける猫だって、もうちょっとは大人しいだろうと思うほどの暴れ具合。甲板に打つかったりロープに擦れたりしたせいで、身体もあちこち痛くて仕方ありません。
「やっちまいましたねぇ……」
「やってやっちゃったわね……」
しみじみと、あるいは満足気に、ふたり空へと呟きます。
やっちまったのです。
それはもう、盛大に。
「くッ、ふふふ……!」
「あ、はははッ……!」
「くッ、ふッ、は、ははッ! ほんっと、やっちまいましたね!」
「あは、はッ、ははははッ! うん、ほんとにやってやったわ!」
ふたり揃って笑い転げます。
国と国との挙式に乗り込み、衆人環視でプロポーズ。姫と一緒に逃げだして、追ってきたのは獣の王様。命を賭けた競り合いの果て、姫と従者はようやく海へ。最後の壁だと聳える海を、風と炎で斬り伏せた。
そのまま語るだけですら、唄になり得る大冒険。
そんなものを、本当にやってのけただなんて!
「は、ははッ、はーーッ……!」
どうにか呼吸も落ち着いてきたので、よろけながらも立ち上がります。まだ笑み止まぬお嬢に手を差し出すと、涙の浮かぶ瞳を擦りながら、オレの手を握り返してくれました。引っ張り上げるように起こし、ふたりいっしょに船尾へと。
一面の青色。
スティルベルどころか、島のひつとも見えません。
お嬢はそんな青一色の光景を、ただただ眺め続けていました。
その姿を見て、とある話を思い出します。
――果てなき青に描くものこそ、夢である。
いつかクルスさまが語っていた持論です。
「……ね、お嬢。いま、何が見えてます?」
「なによそれ?」
「いいから」
お嬢は訝しむような表情を浮かべたあと、口を開いて。
「なにもかも、じゃない?」
ついつい吹き出してしまいました。
確かにそうです。今ならなにもかもが出来る。行きたい場所があるなら大陸をいくつまたごうが行けばいいですし、成したいことがあるならどんな無茶でも出来るんです。冒険者になることも、クルスさまを探すことも、してもしなくても構いません。
なんとも、お嬢らしい答えです。
「なーに笑ってんの。そもそもコレ、いったい何の遊びなわけ?」
お嬢はちょっぴり拗ねた顔。
とびきり可愛い顔ですが、機嫌を損ねてはたまりません。
素直に意図を伝えてやると、お嬢は納得した様子で。
「あぁ、たしかに言ってたわね。それで?」
「はい?」
「それで、アンタは? 自分だけ答えない、なんて無しよ」
お嬢は、にぃ、と悪戯な表情。
さてはて、なんと答えるべきか――あぁそうだ。
「お嬢」
「……なによ」
オレはまっすぐ、翡翠の瞳を見つめます。
そのまま、じぃっ、としばらく。
十数秒は勿体つけて、ゆっくりと口を開きました。
「なにもかも、ですかね?」
オレにとっての夢なんて、いつでもどこでも変わりません。
海を見ようが空を見ようが、なんなら夜空を見ていようが、思い浮かぶのはお嬢の姿。太陽よりも綺麗な髪に、ちょっと鋭い翡翠の瞳。オレの肩に届くかどうかと言うところの、抱き上げやすそうな柔らかな身体。
それがオレの夢なんですと、言外に告げてやりました。
我ながらなかなかの口説き文句。
お嬢が旅にどんな目的を見出すとしても、オレにとっての最優先は惚れた女の心を得ること。せっかく惚れているのだと伝えたのですから、これからの旅の最中も、隙あらば口説き倒していかなくては。
とはいえ、簡単に落とせる相手ではなく――
「……なにバカなこと言ってんの」
なんてそっぽを向かれてしまいました。
お嬢はジトっと呆れた瞳をオレに向けて、どこかに去っていきました。
分かってはいましたが、相当に手強い。
粘り勝つまで、どれほど時間が掛かることやら。
「これは本当に、長い旅になりそうですねぇ……」
ようそろと行く船のうえ。
オレは笑って、海へ溜息を落としました。
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