風と炎の門出な旅出
花道を踏み荒らして
港町への下り坂は、それはもう見事な景色でした。
前方へと目を向ければ、彩り豊かな港町と、宝石じみた海の波。道を挟むは木立の緑、傾斜のおかげで正面にすら空の青。風景に恵まれたスティルベルのなかにあっても、この道はとびきりの景観です。
普段ならば、楽しみながら歩くところですが――
『宝を逃すな、野郎どもぉぉォォォッ!!』
この状況じゃ、のんびりなんて出来ません!
「だぁッ、もう! 海賊ってのはしつこいんですから!」
「宝、って呼ばれるのはいい気分だけどね!」
「言ってる場合じゃないですし、喜ばれるとムカつきます!」
叫びながらも足は止めず、目指すは港の交易船。
船を奪って逃げる、というのがオレの考えた逃走経路。
海賊以上に野蛮な手ですが、定期船を待っていては逃げ切れません。船乗りたちに協力を呼びかけたとて、ファルサさまに報告されたらそれで終わり。となれば、多少乱暴でも、これが最善でしょう。
とはいえ、獣が吠えたとあっては簡単には進めません。
「ったくもう、無駄に動きが速いんですから!」
坂道の途中に立ちはだかる海賊たち。街まで届く咆哮を聞き出てきたのでしょうが、それにしたって数が多い。お嬢が逃げても対応できるように、事前に仕込んでいたのでしょう。獣のくせに切れ者なヤツです。
舌打ちと共に棍を構えようとしたところで、
「先に行くわよ!」
ドレスを翻しながら突貫するお嬢。
流石にその格好では、と助けるべく足を速めますが、その前に、
「隙ありぃッ!」「うごッ……!」
華美な飾り靴が海賊の顔に刺さりました。
哀れな海賊一名は、鼻血と共に坂道を転がっていきます。
乱暴な花嫁は、宙を舞った
「これッ、鬱陶しかったの、よねッ!」
ざくざくとドレスを刻んでいきます。
「あぁもう、勿体ないんですから……!」
「なーによ、ドレス姿の方が好きだった?」
「あー、まぁ、滅多にしてくれない格好ですから、気に入ってはいましたけど」
ついでに言えば、なかなかに色気のある(エロい)ものでした。肩を大きく開いたドレスは上乳が程よく見えていますし、線を隠しているくせにシルエットが透けるので、想像力を掻き立てられるのです。そりゃあもう、イロイロと。
なんて落ち込んでいると、お嬢はそれはそれでアリなドレスの腰に手を当て。
「でも、こっちのほうが、らしいでしょ?」
なんて笑って見せるのです。
「そりゃあ確かに。アンタには式場よりも闘技場の方が……っと!」
そろりそろりと、お嬢の背後から近付く不届き者。
即座に額を棍で一突き。海賊男はあっさりと倒れ込みます。
とはいえ、まだまだ数は居るわけですが――
「ね、ラン! 島を出たら最初はどこに行く?」
その程度の困難で、お嬢の笑顔は曇りません。
ずたぼろドレスを翻らせて、お嬢は炎と踊ります。
無粋な輩が三、四人。炎に巻かれて転がりました。
「さぁて、どこでも付き合いますが。まずは噂のギルドですかね」
オレとて負けちゃいられません。
舞踏で負けたら踊神の恥。風もはりきり、駆け巡り。
投石、石弩、なんのその。逸らし流した弾丸が、海賊同士を貫きます。
「仕事がなくっちゃ困るものね! その後は?」
「んー、海が見えないところに行きたいですかね」
薙ぎに突き、足を払って転ばせて。剣の腹で鼻をへしまげ。
炎の行く手を風で捻じ曲げ、壁を作って閉じ込めて。
荒れ狂う戦場のなか、オレもお嬢も上機嫌。
この程度のお邪魔虫、旅の肴がいいところ。
軽く一蹴してやって、さっさと海に出なくては。
「たしかにそれは新鮮ね! あたしたち、湿った風しか知らないもの」
「魚が食えなくなるのは悲しいですがね」
「大丈夫よ。他にもきっと、美味しいものが山ほどあるわ」
「チーズより? っと、お嬢、後ろに」
「チーズより! アンタもよ!」
互いの背後に近寄る賊の頭をつかみ、がつん、とぶつけてしまいます。
それを最後に、あたりは静かになりました。
どうやら最後のふたりだった様子。楽しくて数えていませんでした。
「んじゃ、ぼちぼち急ぎますか。街に話が伝わると動きづらくなりま――」
「止まって!」
お嬢はオレの手を掴んで止めると、猫が尻尾を立てるように周囲を警戒します。
「……何か居るわ、気を付けて」
確かに、茂みから奇妙な音が。
ずたたっ、ずたたっ、と、まるで獣が走るような。
いや、これは――
「そこッ! 《
放たれた爆炎が気配の主にぶつかり、あたりの草葉ごと爆ぜ散らします。
ばちばちと火の跳ねる音。
彼を仕留められたか、と安堵しかけたその時のこと。
爪を携えた影が飛び出して――
「させませんって!」
棍と爪とが鈍い音でぶつかります。
襲撃者の正体は、まったくもって予想通り。
「海だけでなく陸も駆けるんですか、アンタは!」
「そりゃあ花嫁を奪われちゃ、選り好んでいられねぇだろうよ」
「だれが、だれの、花嫁ですか!」
グァルグ=ベルグ=イスラフラッグ。
にやりと楽しげに笑う彼の喉元へ、棍を滑らせ突きの形。
彼はひょいと跳ね逃げると、気さくそうに手を振ってきました。
「よぉ、花嫁」
「どーも、花婿さん!」
お嬢も――ちょっとムカつくことに――その呼び名に応じます。
「式の最中に逃げるなんざ、俺に不満があったのかい?」
「山程あるけどひとつ言うなら、毛深い男は苦手なの」
「……そりゃあ、どうにもならねぇなぁ」
毛むくじゃらの頬に触れつつ、グァルグは苦い表情。
オレも髭などを伸ばさぬように気をつけなければ。
なんて、言ってる場合ではなく。
「さぁて。ここからが正念場ですね、お嬢」
お嬢とふたり、武器を構えて笑います。
「相手は獣神に愛された戦士にして、数多の海賊を従える大船長」
「こちらの勝利条件は船での逃走。ただし、怪物の足を止めた後に」
「あたし達に相応しい山場じゃない?」
「いやいや、こんなの消化試合ですって」
オレの言葉が意外だったのか、お嬢が瞳を細めます。
「ランにしてはすごい自信ね?」
「山場はさっき抜けましたから」
オレにとっての山場は先の
遅れてそれに気づいたのか、お嬢は口を尖らせます。
「……軽口叩いてる暇なんて、ないわよ」
「口説き文句のつもりでしたが」
「ラン」
「はいはい、お嬢の仰せのままに」
棍を握る手に力が入ります。
たしかに、軽口を叩きながら勝てる相手じゃありません。
だからって負けるつもりは毛頭も。
欲に塗れた夢はまだまだ始まったばかり。
最初の一歩で転けるわけにはいきませんので!
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