至高の肴

「はっは! こりゃあなんとも、ド派手な門出だ!」


 花嫁不在の式場にて、ジレン=ドーセルは高く笑った。

 港町への坂道を駆けていく二人の弟子。

 その片割れであるランネルとジレンの付き合いは長い。

 屋敷に住まうと決まる前は屋根を貸してやったし、店で雇っていた時期もある。武芸を叩き込んだ主たる師とて自分だし、恋の相談にも乗ってやった。

 まぁ、本人に言うつもりはないが、あれだ。

 息子のように思っていた、のかもしれない。

 だからこそ心配だったのだ。


「あのへたれが、よくもまぁ……」

 

 ランネルはいい加減なようで、変化に臆病な男だ。いまの幸福を守ることに執着し、それ以上を求められない気質、というか。

 まぁ、必ずしも欠点と呼べるものではない。安寧と生きる道を選ぶならば、保守的な方が向いているのだから、一般的には美点だろう。勇み足で死んでいくより、よほど良い。

 しかし、それが色事となると話は別だ。

 色事においては、慎重という言葉はに変わる。

 事実、彼はエイルと同じ屋敷に暮らしながら、七年も進展を見せなかった。

 毎日のようにエイルの髪を整えてやっている、とか、昨晩は島の裏で一緒に野営をした、だとか話すくせに、いちども抱いていないというのだ。なんど正気と病気を疑ったものか。

 だが先程の舞台はどうだ。

 弟子の魅せた大勝負プロポーズは、恩師クルスの冒険にも劣らないもの。

 泣きたくなるほど痛快で、吐きたくなるほど甘ったるい馬鹿騒ぎ。

 とりわけ、エイルが隠したといったら!

 師匠として、七年間やきもきとさせられた身として、笑わずに済むハズがない。


「……なにを笑っている、ジレン」


 一方で、弟分はキレていた。


「私の娘が道を誤ろうとしているのだぞ。他ならぬお前のせいで」

「わかってる。わかってるさ。だがな、これが笑わずにいられるか?」


 冗談めかして言ってみるが、ファルサの顔は険しいままだ。

 はるか昔、彼が足を喪う前なら、きっと一緒に笑ってたろうに。

 すこしだけ寂しいが、仕方がない。

 

「これ以上の邪魔をする気はないな?」

「ないさ。アイツらはもう冒険者。自分たちで何とかするだろ」


 ファルサはまだ訝しんでいる様子だったが、程なくしてもう一人の王の元へ向かっていった。

 グァルグ=ベルグ=イスラフラッグ。

 彼も彼で、損な生き方だとジレンは思う。


「ガキの頃は、二人とも可愛かったくせによ」


 数十年前、ジレンは彼と会ったことがある。

 クルス一家と共にイスラフラッグへと向かった折に、小さな毛玉だったグァルグと出会ったのだ。歳にして十になった頃のファルサは兄ぶりたかったようで、自分の半分ほどしか生きていない毛玉の面倒を楽しそうに見ていたものだ。

 彼らの交友はその後も続いていたと聞く。今回の縁談とて、ファルサとしては信頼のおける友人を充てがったつもりなのだろう。それでも、彼の親心がエイルの枷となっていることには変わりない。


「……本当に、ままならないもんだ」


 娘の安寧。国の未来。雄の欲望。自由な生き様。

 誰もが異なる夢を抱き、譲れぬ線を剣にして、しのぎを削り合っている。

 そして多くの場合、夢と夢とのぶつかり合いは簡単には終わらない。


 弟子たちは確かに良い一撃を決めた。

 だが王達も夢を抱いてここにいるのだ。

 この程度で折れるハズがない。 

 予想通り、グァルグが大きく息を吸い込んだ。

 ジレンが耳を押さえた途端――


『宝を逃すな、野郎どもぉぉォォォッ!!』

 

 獣の咆哮が、島中へと響き渡った。

 同時、式場に残っていた海賊たちも、我先にと駆け出していく。

 若者たちの敵は国ふたつ。

 最初の冒険にしては、あまりにも厳しい相手だ。

 それでもジレンは機嫌よく、懐から取り出した瓶を空に掲げると――


「行って来い、若者たち。いつかまた、廻る世界の片隅で!」


 笑って酒を飲み干した。

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