一世一代の大勝負

だからあたしは

 憧れが夢に変わった日のこと、今だって覚えてる。


 ずっとずっと、何年も昔。あたしは本当のお姫様だった。

 お父様の言う通りに学んで、島のみんなに愛されるだけのお姫様。

 そりゃあ、ちょっとはお転婆だったかもしれないけど、剣なんて握ったこともなかったし、紋章だって宿ってなかったわ。せいぜいが、海の外から来た無法者をヤシの実でどつき回したり、島中の猫でお父様を埋めてみたり、島の獣を乗り回して自警団と戦ってみたり。

 そんなことしか出来なかった、大人しい女の子。


 まぁ、それでも、幸せだったわ。

 お母様は事故で亡くなったけど、大好きなお父様が居たし。

 それに――


『エイルちゃん? 爺ちゃんの本、俺が先に読んでたんですけど?』

『兄様は何度も読んでるんだから、別にいいでしょ!』

『この版は初めてなんっすよ!』

『あのね、二人とも。本人が居るところで読むのは勘弁してくれないかな』

『でも爺ちゃん!』

『ドラゴンを倒したって言うのは本当なんでしょ?!』

『いや、まぁ、倒したというか、仲良くなったっていうか』

『爺ちゃん!』『話して!』


 お兄様とお祖父様だって、居たわ。

 小さい頃から、たくさんたくさん、話を聞いたの。


『……仕方ない。それじゃ、語り聞かせようか。あれは僕らの一行が法国に訪れた時のこと。酒場で騒ぐ僕らの元に、剣の乙女が訪ねてきたんだ。彼女こそ、君たちもよく知る――』

 

 冒険について語っている時、お祖父様は赤毛のクルスだった。

 初めての冒険を輝いた顔で。お祖母様との出会いを恥ずかしそうに。死に別れた悲しみに目を伏せて。明かした歴史に敬意を抱き。戦の不条理に拳を握って。まだ見ぬ空に夢を抱いて。

 虹みたいな表情でお祖父様は語ってくれたわ。

 だからこそ、怖くなっちゃう話もあったの。


『ね、お祖父様。冒険って、やっぱり、危ないのかしら。お父様がね、そう言うの』

『……うん。そうだね、危険はあるよ。たくさんたくさん、見送った。ファルサの足だって守ってやれなかった。冒険なんて、って思うことは山ほどあった。それでもぼくは、ぼく達は、それを止められないんだよ』

『どうして? 死んじゃったら、もう何にも食べられなくなるのに』


 それってとても辛いこと。

 考えるだけで嫌なこと。

 だけどお祖父様は、こう言ったのよ。

 子供でも恥ずかしいくらいの、愛に満ちた夕暮れ顔で。


『ぼくらは旅を愛してる』


 そのときのあたしは、きっと神様と同じ気持ち。

 彼女たちはきっと、人の生き様どんな模様を描くのか楽しみにしてる。

 自分たちでは描けないから、代わりに描いてくれる誰かに加護ふでを預けているの。

 だけどあたしは神様じゃない。

 だからね、自分でそれをすると決めたの。

 

 あたしも旅を愛したい。

 うぅん、ちょっと違うわね。

 愛するものを自分の足で探したいの。

 富や名声だけじゃない、心を満たすだけの何かを手に入れてみたいのよ。


『冒険がしたい? 馬鹿を言うな、お前は仮にも王族だぞ』


 だけどそれは、憧れで終わらせないといけない。

 星の光は眺めるもの。飛んでいこうなんて願っちゃいけない。


『周りを見てみろ。この美しい島を、お前は自由に生きられるのだ。ひとつの危険もありはせず、島を育てる甲斐も持てる。これ以上、いったい何を望むというのだ』


 そうよ、あたしは恵まれたお姫様。

 飢えも凍えも知らなかったし、剣を握れば怒ってもらえて、部屋にはいつも本があった。それがどれだけ特別か分からないほど愚かじゃないし、果たすべき役目があることくらい分かっていたわ。

 だからね、これでも諦めようとしてたのよ。


『はぁ。まぁ理解はできますけど。それ、ホントに大事なんです?』


 だからね、ランに言われてびっくりしたの。


『アンタを拗ねさせるものなんて、捨てちまっていいと思いますけどね』


 そう、なのかしら。

 自由にしてもいいのかしら。 

 もしも許してもらえるなら、それは本当に幸せなこと。


『まぁ、心配ではありますが。旅って、すごーく危険でしょうし?』


 そりゃあ、心配だってされたけど。

 ランは一度だって、あたしの夢を嗤わなかった。

 あたしをずっと認めてくれて。どこにでも着いてきてくれた。


 だからあたしは我儘に夢を求められる。

 あたしの夢は旅をすること。

 仲間と一緒に。

 だって、ひとりじゃ寂しいもの。新しいものを見つけたら、あれは何? って話し合いたいし、綺麗なものに見惚れたら、凄かったわね、ってはしゃぎ合いたい。そうすれば、ひとりで旅をするよりも、何倍も何倍も楽しくなるハズだもの。

 だけどあたしは我儘だから。着いてきてくれる人なんて見つけられるかわからない。もしも仲間が出来たって、あたしの無茶に付き合ってくれる保証なんて、きっとない。

 だけどランならどうかしら?

 

 あたしがどんな無茶をしたって、叫びながらも支えてくれる。

 あたしがどんな場所に行っても、呆れながらも隣に立ってくれる。

 そう気づいてから、ずっとずっと、ランと一緒の旅を夢見て生きてきた。

 旅をするなら、ランと一緒に。

 それが叶って、想像していたよりも楽しくて、きっとランも同じだって思ってた。

 だけど、ランは――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る