こそこそランネル
お屋敷ちかくの茂みのなか。星々が夜空を埋め尽くす頃。
「なぁんで来ちまったんですかねぇ」
溜息混じりの呟きが、虫の声に掻き消されていきます。
お嬢の危機を知ったところで、合わせる顔は無いままです。ここで草と一体化したまま動きを止めて、はや数十分。あまりに動かないものですから、頭に鳥が乗ってきたり、頬を猿に引っ張られたり、猫に爪を研がれたりと散々な有様なのでした。
とはいえ、多少の収穫はあり。
「なんというか、スティルベルらしくない物々しさというか……」
シーカーさん家のお屋敷は、普段と雰囲気が違っていました。
平時ならば、屋敷の警備は冒険者上がりの自警団が数名程度。年頃のお嬢の部屋ですら、窓からこそっと入り込めてしまう――ファルサさまにキレられて殺されかけますが――そんな開放的な場所なのです。
この島にとっての王族は、町長程度の扱いですから、さもありなんと言ったところ。
ですが、今はどうでしょう。
屋敷の庭に入り浸るチンピラ共は、見えるだけでも元の警備よりよほど多く、
これではまるで、お偉いさんの住処です。
いやまぁ、本来はコレが正しい姿なのでしょうが。
「つーかアレ、イスラフラッグの海賊ですか」
チンピラ共のなかには、旅の最中にしばいた覚えのある顔もありました。
この様子では、ウィナの言葉に嘘は無いようです。
グァルグはお嬢が逃げ出す隙など与えず、決着を付けようとしているようです。さっさと挙式でもあげて既成事実を作るのか、はたまた他の方法なのかは分かりませんがが、何であれマトモなやり方ではないはず。
お嬢を連れ出すべき、でしょう。
警備とかちあった時のために棍は持ってきていますし、紋章術も――まぁ、多少の不安はありますが――使えるのです。ファルサさまやグァルグのような手練に見つかる前に済ませれば、逃げ出すことも可能なはず。
だけど、その後は?
お嬢を島から連れ出せたって、何になるって言うんです?
役立たずのオレじゃ、守りきれないかも知れないのに?
「……だからって、意思を無視した結婚なんてダメでしょう」
再び渦に陥りかけた思考を、頭を振って晴らしました。
面倒なことは後で考えりゃいいんです。
兎にも角にも、まずはお嬢を連れ出してから、と棍に手を伸ばそうとして。
「おいおい、そいつは認められねぇな?」
聞き覚えのある男の声。背後。息の届く距離。
振り向きざまに棍を振り抜こうとしましたが――
「ご、ぁあッ?!」
奴の拳は既に腹。肺の空気が一気に外へ。
激痛に膝を突きながら、襲撃者の顔を見上げます。
厳つい顔を毛皮の愛嬌で隠した、恐るべき獣人海賊。
「て、めぇ、グァルグ。なに、してくれるんですか」
尋ねたものの、彼の目的なんて決まってます。オレがお嬢を連れ出せば婚姻に不都合がでてしまうのですから、王にしてお嬢の婚姻相手であるグァルグが邪魔をするのは道理。
彼をどうにかしなければ、お嬢は助けられません。
ですが、この状況では。
獣の前でうずくまるなど愚の骨頂だと知りつつも、とても立ち上がれやしません。息も絶え絶えのまま襲撃者――グァルグを睨みつけるのが精一杯でした。そもそも、彼相手では全力でも勝てるかどうか。
「お前にゃ同情するがよ、惚れた腫れたで波を逃す訳にはいかねぇんだ」
グァルグは瞳を尖らせると、腕を大きく振り上げて。
「ちぃと沈んでてもらうぜ? 安心しろ、恨み言くらいは聞いてやる」
次いでやってきた衝撃に、オレは意識を失いました。
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