傷心コンビは舐め合わず

 呆気にとられて固まること、数秒。

 なぜここに、なんて考えるのは後回しです。

 こいつはお嬢を傷つけた女。ならば、取るべき態度は明白です。

 オレは即座に立ち上がり、紋章術を唱えようとし――


「ほらよ、椰子酒二杯目だ」

「げふッ?!」


 木樽のジョッキを頭に置かれて、むりやり椅子に戻されました。


「なぁにするんですか、ジレン!」

「ウチじゃ喧嘩は御法度だ。……そっちの美人さんもな」


 ジレンの目線の先では、ウィナが警戒した表情を浮かべていました。よくよく見れば、彼女の座るカウンターには突き匙フォークがぶっ刺さっています。恐らく、オレに反撃しようとしたところを、ジレンが止めてくれたのでしょう。


「……まったく、本当に魔窟ですこと」

 

 不承不承といった様子でウィナは息を吐きます。


「もう敵意などありませんわ。ウツボのように警戒しないでくださいます?」

「アンタ、まだお嬢に手を出すつもりじゃねぇでしょうね」

「これ以上、髪を焼かれてはたまりませんわ」


 彼女は短くなった髪を揺らし、遠い目を浮かべました。

 

「……それに、もう理由がありませんわ」


 消え入りそうな声でしたが、慰める理由も、興味もありません。

 聞くべきは彼女の言うところの理由――つまりお嬢襲撃の動機です。

 とはいえ、おおよその見当は付いているのですが。

 

「アンタは結局、グァルグの悪巧みとは無関係だった、ってコトで合ってますね?」

「分かっているような口振りですわね?」

に関しちゃ他人事でもないもんで」


 今にして思えば、ウィナの行動は奇妙なものでした。

 グァルグから見ればお嬢は大事な縁談相手、イスラフラッグから去られては困るはず。だというのに、ウィナはお嬢を呼び出して、船に乗せて逃そうとしていました。最終的には戦闘になったものの、彼女自身、最初は穏当に済ませるつもりだった様子。

 さらに言えば彼女は、グァルグを敬愛――というか惚れている様子でしたから、敵対しているという線もないでしょう。

 となれば話は単純です。

 

「アンタ、グァルグを取られたくなかっただけでしょう?」


 ジョッキを握る指先が、ぴくりと跳ねたのが見えました。

  

「だからお嬢を――グァルグの縁談相手を遠ざけようとした。まどろっこしく呼び出したのは、街の近くじゃグァルグにバレるから。何かと杜撰だったのは、思い付きでやっちまったから、ってトコですか」


 ついでに言えば、殺さず遠ざけるだけに留めようとしたのも、グァルグへの迷惑を減らす為でしょう。お嬢の遺体がイスラフラッグで見つかれば、スティルベルとの取引など泡と消え、下手をすれば殺し合いにまで発展します。

 ウィナは黙ってオレの推論を聞き終えると、溜息で酒を揺らしました。

 

「……結局、グァルグ様はすべてお見通し。私は寵愛を賜るどころか、我らが陸の船イスラフラツグから追放されてしまいましたわ。まぁ、首を吊られなかっただけマシですわね」


 彼女は笑っていましたが、その目元は腫れ上がっていました。

 まぁ、仕方ないでしょう。

 惚れた相手に会えずに生きるだなんて、死んだ方がマシですから。

 

「グァルグ様はイスラフラッグに殉じる御方。私情によって裏切った女が隣に立てるわけがありませんわ。彼に気が付かれた時点で、私の夢は散りましたの。だからもう、貴方の姫君に手を出す理由はありませんわ」

「今更お嬢に手を出したところで、グァルグに嫌われて終わり、ってコトですね」


 ウィナは黙って頷いて、酒を口へと運びました。

 話はこれで終わり、ということでしょうが――それはちょいと困ります。

 この女は役に立ちそうですから。

 

「ジレン。椰子酒と、なにか甘味をお願いします。二人分」

「あぁ? あー……、ったく、わかったよ」


 ジレンに注文を告げると、ウィナは顔を歪めて睨みつけてきました。

 

「同情ですの?」

「敢えて言うなら共感と……ケジメですかね。区切りがなけりゃ、互いに拳を収めづらいでしょう?」


 ウィナは納得していない様子でしたが、強く拒否することもしません。


「待たせたな。菓子の方は熱いから気をつけろよ?」

 

 ほどなくして届いたのは、白く濁った椰子酒と、エッグバナナの砂糖焼き。

 白く握った椰子酒は、樹液の糖を発酵させたもの。贅沢にも氷の魔石で冷やしており、冷たい汁が喉を滑る感覚は、太陽の通り道にあるスティルベルにおいて何よりのご馳走です。

 エッグバナナの砂糖焼きは、カリカリとした茶色の焼き菓子。

 スティルベルの近くでよく採れる楕円形のバナナを潰し、椰子砂糖(パームシユガー)と香辛料(スパイス)をたっぷり混ぜて火にかけます。すると、砂糖が焦げ固まっていくので、程よいところで取り出し砕き、皿に盛れば出来上がり。パリっと口で砕いた途端、香りと甘味が弾けて美味い、島定番の菓子となります。


「……甘味はさほど得意ではないのですが」


 ウィナはそのうち砂糖菓子に手を伸ばし、口のなかで弾けさせました。

 一瞬、驚いたように動きを止めると、二枚、三枚と食べ進めていきます。

 美味かったのでしょう。ここの甘味は最高ですから。


「得意じゃないなら、オレがぜんぶ食ってやっても構いませんけど?」


 ニヤつきながら言ってやると、頬を赤らめたウィナに睨まれました。

 お嬢のように美味いと騒げばいいものを。可愛げなのない女です。

 やがて彼女は一皿まるごと平らげて。


「ま、まぁ、悪くなかったですわ」

「悪くなかった、って程度にしちゃ、欠片のひとつも残ってませんが」

「うるさいですわね、沈めますわよ?!」


 勘弁してください、と両手を上げて、オレも酒にありつきます。

 

「ところで、アンタはこのまま諦めるんです?」


 ウィナは酒をカウンターに置き、鬱陶しそうに目を細めました。


「醜く足掻くつもりはありません。愛する御方の夢を壊してまで願いを叶えたいとは思っていません。私が愛したのは船長であるグァルグさまですもの」

「だったら、どうしてお嬢に手を出したんです?」

「魔が差してしまった、といえば貴方なら分かるのではなくて?」


 苦笑しながら頷きます。

 恋敵が目の前で隙だらけ、なんて状況ならば、そりゃあ行動するでしょう。オレだって、もしグァルグが目の前で眠りこけてたら、頭を砕いちまうかもしれません。ウィナの前でそれを言うと殺されかねないので黙っておきますが。


「じゃ、アンタにはもうその気はないんですね?」

「……えぇ」


 しおらしいのは言葉だけ。

 俯きながら小さく呟く姿からは、未練がありありと滲み出ていました。


「すこしばかり残念ですね」


 眉をひそめるウィナに向けて、焚き付けるように言ってやります。

 

「駆け落ちする計画でもあるなら、手ぇ貸してやろうと思ったんですが」


 グァルグさえ居なくなれば、コトは解決するのです。

 ふたりで協力してグァルグを締め上げ、ウィナと一緒に出て行ってもらうのです。そうすりゃウィナは惚れた相手と一緒になれますし、オレだってお嬢と元の関係に戻れるハズ。

 もちろん簡単にはいかないでしょうが、ウィナの強さは知ってのとおり。

 二人がかりならば可能性はあるはずです。が。


「……情けない男ですわね」


 ふっ、と。

 海色の瞳が憐れみの形に変わりました。


「人が親切に言ってるってのに、なんですか急に」

「はッ、何を言ってるんですの? 貴方、自分のことしか考えていないでしょう」


 図星を突かれて固まるオレに、ウィナは畳み掛けるように続けます。

 

「ケジメだなんて馬鹿馬鹿しい。似た境遇の女を慰め下に見て、気を紛らわそうとしているだけ。手を貸してやるだなんて偉そうに。自分ひとりじゃ何も出来ないから、私を利用したいだけ。違いますの?」

「……だから、何だって言うんですか」


 見透かされた悔しさに唇を尖らせて言い返します。

 

「どうもしませんわ。ただ、言いたいことを言ったまでのこと」


 するとウィナは何かを思いついたように指を上げて。


「ですが、えぇ、そうですわね。食事の礼にひとつ教えてさしあげます」

「べつに、ンなもん欲しくはありませんが」

「貴方の姫君に関わる話ですわよ?」


 そう言われては遮ることも出来ません。

 顔を顰めつつも顎で先を促すと、ウィナはくすりと笑って続けます。


「先程、そこの店主と話していたでしょう? グァルグさまとエイルの婚姻には、まだ時間が掛かるだろう、とか」

「言ってましたが、それが?」

「舐め過ぎですわ」


 女海賊は、ざくりと冷たく言い放って。


「両国にとって急な縁談。民衆の理解は得られておらず、邪魔が入る可能性もある。なにより、あの無茶苦茶な姫君自身の動きが読めない。そんな状況で猶予を与えるほど、海賊は甘くありませんの」


 ぞくりと背筋が粟立ちました。

 あり得ない、と否定はできません。言われてみれば、ファルサ様もグァルグも急いでコトを進めたい筈。王族同士の婚姻だからと仰々しいものにせず、略式で済ませる可能性だって十分にあるのです。

   

「じゃ、じゃあ、どれくらい掛かるっていうんですか」

「誰よりもあの方を見てきた私の見立てによれば……」


 ウィナは暫し考えた後に、たった三本の指を立てて答えました。

 

「三日、といったところですわね」

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