略奪と航海の国

陸にはためく海賊旗

「つまり惚れた女をだまくらかして攫ってきたと」

「身も蓋もない言い方はやめてもらえませんかね?」


 あれから五日、今日も今日とて海の上。

 家出話を聞き終えて、グァルグ船長は呆れ顔を浮かべました。


「騙くらかしたのは事実だろ?」

「冒険に出たくなったのも事実ですよ。お嬢の祖父様を探さないといけませんし」

「本心を伝えてなけりゃ、騙しているのと同じだろうさ」


 ぐさりと刺さる言葉ですが――ンなこと言われたって困ります。

 お嬢を誰かに取られるのがイヤだから、半ば騙して島を出た。

 そんな事情を伝えた日には、どう関係が転ぶか読めやしません。

 

「ま、俺個人としちゃ、よくやったとも思うがな!」

「いッ……!」


 豪快な笑いと共に背中を叩かれ、痺れるように痛みました。この人、自分が馬鹿力の獣人だってことを忘れてるんじゃないでしょうか。

 湿った瞳で睨んでやると、船長さんはけらけら笑います。


「コレって宝を決められる男ってのは、意外と少ないもんなんだぜ。大抵は、何が欲しいのか分からないまま、舵も切れずに座礁しちまう。それに比べりゃ、お前はマシさ」

「それって実体験ですか? アンタ自身はぶくぶく沈んでるところだとでも?」

「ンなわけねぇだろ。俺はこれでも、宝はハッキリ決めてるさ。ま、なまじ宝を決めちまうと、同じ宝を目指すヤツとぶつかることもあるんだがな」

 

 などと続けるグァルグの視線を追うと、海賊たちの姿がありました。なにやら、模様の刻まれた石を使って、賭け事に励んでいる様子です。

 そのなかに、お嬢の姿も混じっていました。悲鳴や歓声から察するに、どうやら大勝ちしている様子。海賊たちが持ち込んだ菓子や干し肉などを巻き上げ、美味そうに平らげています。

 まさか、とは思いますが――


「……お嬢に惚れた訳じゃあないですよね?」

「おいおい。オレの好みは品のある女だぜ?」

「質問だけに答えてください」


 もしも頷こうものならば、この獣を潰さなけりゃいけません。

 暴力に関しては相手の方が格上ですが、寝込みを襲えば勝てるでしょう。あるいは、酔わせて海に突き落とすというのもアリでしょうか。あぁでも、殺しはお嬢が悲しむでしょうし、棍で股間を叩き潰して、使いモノにならなくするだけの方がいいでしょうか。

 などと計画を立てていると、グァルグは曖昧に笑って。


「さぁて、どうだろうな?」


 なんて誤魔化しやがりました。

 からかっているのか本気なのか。

 じぃと刺すように睨み付け、言葉を引き出そうとしていると――

 

「ねぇラン! そろそろ海は飽きたわ!」

「ぬわぁッ?!」


 オレと獣野郎の間に、真っ赤な頭が生えてきました。


「スティルベルの海とはちょっと違うけど、ちょっとしか違わないんだもの」

「その割には遊んでいらしたようですが」

「石遊びは楽しいけど、賭けるものが無いと張り合いがないんだもの」

「あぁ、ぜんぶ巻き上げ終えたと……」


 海賊たちは哀れみつつ、お嬢の意見について考えます。

 船は意外と暇なもの。部外者は任せられない、という事情もあるのでしょうが、オレたちに出来る仕事といえば、掃除や荷物運び程度です。

 ここ数日のお嬢はと言えば、船員たちに遠くの海の話を聞いて楽しんでいましたが、二日にも及ぶ質問責めで海賊たちをくたびれさせた頃には、流石に飽きたようでした。

 

「あぁもう、はやく陸に着かないかしら!」


 待ち遠しそうなお嬢の手には、いつもの手記がありました。

 彼女の祖父でもあり高名な冒険者、赤毛のクルスの冒険録です。


「イスラフラッグのことも書かれてましたっけね、その手記」

「うん。お祖父様も若い頃に来てたみたい」


 お嬢にできるだけ近づいて手記を覗き込みます。


『イスラフラッグはオールム海を根城にする海賊たちの拠点だ。すりばちを逆さまにして割ったような、半球状の岩屋根に囲まれた入江のなかにあって、簡単には見つけられない秘密のアジト(← とてもワクワクする!)になっている』

『レイラが面倒な海賊を返り討ちにした。我が妻ながら船に風穴を開けるのはどうかと思う。ファルサの教育にも悪いので、ほどほどにして欲しい』

『とある海賊たちと意気投合した。船長には小さな子供がいて、ファルサによく懐いている。もしもファルサに弟がいたら、こんな感じだろうか。よければ作らない? とレイラに聞いたら殴られた。よければ、って言ったじゃないか』


 相変わらずの文体に、呆れ笑いが浮かびます。

  

「いつも思うんですが、この手記って冒険録ってより旅行記ですよね」


 冒険話も書いてありますが、それ以上に多いのが食事や家族に関する記述。ファルサさまが寝小便した、なんて話もあって、それを読んでからしばらくは、ファルサさまに会うたび生暖かい表情になるのを抑えられませんでしたっけ。

 

「お祖父様の仲間が書き直した方だと、すごーく格好良くなってるわよ」

「あぁ、大陸に出回ってる方ですか。あっちのクルスさまは別人ですよねぇ」


 なんて話をしながらも、手記の記述を追いかけます。

 半球状の岩屋根。海賊の拠点。入江に作られた港街。

 言葉だけでは、いまいち想像できません。


「ね、グァルグ。イスラフラッグって、実際どんな街なの?」

「オレに聞く暇があったら、アンタは船首に行くべきだな」


 船長はニヤりと笑い、船の行く先を顎で示します。

 

「きっと、ヨソモノにとっては珍しいもんが見られるぜ」

「それって……! ラン、行くわよ!」


 お嬢がオレの手を引いて船首へと駆けていきます。

 水平線の向こう側にあったのは、ちいさな白点。

 それはあっという間に大きくなって、その正体を現しました。

 

「あれが、角の大陸の北端。お祖父様が向かった場所……」

 

 その陸地はどこまで近づいたって途切れることはありませんでした。端の岩地は白色で、そこから徐々へと土色に変わっていきます。その大きさたるや、スティルベルの何倍、何十倍、何百倍――いいえ、もっとでしょうか。

 世界に住まう多くの人々にとっては当たり前。

 けれど、オレたちにとっては夢のような光景でした。


「あたしにとっての、はじめての冒険の大地……!」


 これが大陸。

 なんて広大で、雄大なのでしょう。


「これが、世界なのね……!」


 初めての景色を前に、お嬢は昂りを抑えるように胸を押さえます。

 オレだって同じ気持ちでした。

 不純な動機で始めた旅ではありますが、こんな景色に心を動かさないほど冷めてはいません。オレだって、お嬢と一緒に赤毛のクルスの冒険に想像を巡らせることもあったのですから。


 しかし恐ろしいことに、これはまだ冒険の入り口。

 大地を見るだけで感動するなど、島で育ったオレたちくらいのものでしょう。


 世界は広く、幻想(ゆめ)で溢れているのだと、冒険録にはありました。

 天空の島。宝石の山。冬を払う緋焔の宝玉。海底に陽を創る不思議な珊瑚。古代人が残した数多の遺物。雲を割く竜。空を行く船。人魚の園。森精の住まう輝きの森。

 そんな未知を想うのならば、この程度で感動している場合ではありません。

 ですが、いまはこの景色を目に焼き付けたくて仕方ありませんでした。


 船はやがて、大陸の端にあたる岩へと近づいていきます。

 ぽっかりと穴が空いていました。帆船が何十隻ならんでも余裕のあるほどの、巨大な穴です。オレたちの船がそこを通り抜けたって、マストがぶつかることもありません。

 その奥に、彼の国がありました。

  

「俺たちの故郷。もっとも偉大なる船。ただひとつの陸の旗」


 驚きに息を呑み込みます。

 まず目に入ったのは巨大な岩屋。椰子の実を半分に割ってひっくり返したような形で、入江をすっぽりと覆っています。奇岩と言えばそれまでですが、その大きさたるや凄まじく、船を何十何百と並べたところで、あっさりと収められるほど。

 

 その中に、彼の国はありました。

 白砂の入江に、無数の波止場。思い思いの旗を掲げる、海賊たちの船の群れ。壁と見紛う堤防のうえには、立派な家々が並んでいます。なにより印象的なのは、陸地に突き立てられた巨大な帆柱。国旗の髑髏を掲げる様は、まるでこの街全体を、ひとつの船だと示しているよう。

 これこそが、無法なれども掟はありし、略奪と航海の国。

 海賊たちの陸の船。

 

「イスラフラッグへようこそ。歓迎するぜ、星と猫の国の冒険者たち」

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