第187話 三学期。

「冬休みも明けて、今年も1年よろしくなーお前ら。んじゃ先生眠いからあとホームルーム頼むわ」

「せんせーやる気無さすぎ〜」


 高校も三学期になった。

 天使さんとの間では今のところ付き合っている事は秘密にしようという話でまとまっているので、僕の暮らしは平穏そのもの。


 冬休みの間で呼び合い慣れはじめていた名前呼びも、学校では普通にお互いに名字呼びである。

 天使さんは若干不満気味ではあったが、高校ではなるべく平穏に過ごしたいと伝えると一応は頷いてくれた。


 意外にも黒須さんにはバレていない。

 てっきり「くんくん……女の匂いがします」とか言ってきそうだと身構えていたのも杞憂きゆうであった。


 自惚れているわけでは決してない(きっと)が、当初の異常な執着も収まりつつあるのだろうと思う。

 普通に天使さんと黒須さんも仲良いし。


「三学期かぁ」

「どうかしたんですか? 桃原さん」


 体育の授業のペア体操をしていると桃原が感慨深そうにそう呟いた。


「なんかね、この時期になるとなんかバレンタインを意識しちゃうよねって思って」

「桃原さんはあげる側ですもんね」

「違うよっ! ボクは男の子だよ?!」

「そうでしたね」

「からかわないでよ〜」


 個人的にはまだお正月気分が抜けていないのだが、専業主夫である僕はその気持ちはわからなくもない。


 スーパーなどに普段から通い慣れていると思うが、日本のイベント事、そしてその前からイベント用の商品は並んでいる。


 中学の頃は学校でひっそりと生きつつも家事と勉強に追われてばかりだったので、季節感を最初に感じるのはいつもスーパーの品揃えからだった。


「あ、でも本部くんが欲しいならあげるよ?」

「ではその時はメイド服を着て渡してくれると」

「恥ずかしいから嫌だ」

「それは残念ですね」


 バレンタインの話をしているが、実際スーパーにチョコが並び出すのは1月半ばを過ぎてからが基本だ。


 けれどもやはり桃原の言うとおり、お正月だと思ったらもうチョコが並び出したなぁと思うのも事実。


 今までは全く縁がなかった話だったし、むしろそれを怖がって避けていたまであるのに、天使さんと付き合えてしまっている現状では浮かれこそすれど、そわそわすることはない。


「本部くんは今年、いくつ貰えるかな?」

「せいぜいうちの保護者からくらいですよ」


 真乃香さんは金に物を言わせて高いチョコを毎年買ってくる。

 千佳はチョコミントアイスである。


「そもそも僕みたいなモブが、数えないといけないほど貰えるわけがないじゃないですか」

「本部くんって言うほどモブじゃないと思うんだけど。ボクなんかより頭良いし、学園祭でも大活躍だったじゃん」

「いや、むしろ学園祭では仕事増やして足引っ張ってましたからね」

「売上過去最高記録だったじゃん」

「それはみんなの頑張りですよ。怪我して1日抜けてたんですから」


 学園祭以降、クラスの雰囲気はずいぶんと良くなっている。

 そもそもそんなに雰囲気が悪かったわけではないが、結束力が上がったり交友関係が広がった者、恋人ができた人など様々である。


「まあ、僕みたいなやつにバレンタインは関係ないですよ。それより学年末テストですし」

「テストかぁ……」


 天使さんと付き合えても、結局自分のやるべき事は変わらない。

 家事と勉強。それだけ。

 現状を維持しながらより安定した未来を目指す。


 浮かれている余裕なんてない。

 1年がこんなにあっという間に過ぎてしまったのだ。

 2年後のセンター試験だとかだってすぐに来てしまうだろう。


 考える事は山積みだ。

 少しでも気を引き締めないといけない。


「本部くーん、ボール取って〜」

「はい」

「本部くんありがと〜」


 転がってきたボールを天使さんに投げ返し、今さっき引き締めた気が早々に緩んだ。

 ボールを受け取った天使さんの笑みに思わず頬が緩みそうになっている自分がいる。

 うちの彼女、可愛すぎんか。


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