第186話 気持ち。

「……緊張するなぁ……」


 スマホを握りしめてあたしは早くも後悔している。

 告白して、タケくんとは付き合えた。

 色々と決心がついてできたこと。


 そしてそれは見明っちゃんのお陰だ。

 だから見明っちゃんに付き合い始めたと伝えたい。

 でも、どの面下げてそんな報告したの? って話でもある事はたしかで。


「でも、これもけじめ、だよね……」


 あるいはただの自己満足なのかもしれない。

 それが怖い。

 でも、伝えないといけないことで。


「すぅーー……はぁぁーー……」


 見明っちゃんの連絡先を目の前に深呼吸。

 親友なのに、どうしてこうも緊張しているのか。

 答えは簡単で、傷付けたくないからだ。

 今更な話だけど。


「今なら、見明っちゃんの気持ちもよくわかる気がする」


 裏切りたくない。

 見明っちゃんの場合とあたしとでは違う形ではあるんだと思うけど、たぶん本質は一緒だと思う。


 このまま、見明っちゃんに報告をしなければ今は傷付かなくて済む。

 でもそのしこりはずっと残ってて。


 抱えたまま、見明っちゃんとは一緒に居られない。

 タケくんとも見明っちゃんとも一緒にいたいなんて、ずいぶんな我儘わがままだとも思う。


「……」


 無理やり勢いに任せて通話ボタンを押した。

 メッセでもよかったのだろうけど、自分の言葉でできれば伝えたかった。

 コール音が酷く長く感じる。


 一言目になんて言えばいいんだろう?

 そもそも通話に出てくれるだろうか?


『もしもし』


 自分から掛けたのに見明っちゃんの声にびっくりした。

 それがまた胸を苦しくさせた。


「えと……あの、見明っちゃん。今、大丈夫だった?」

『ああ』


 タケくんに告白した時と同じくらい緊張してる。

 そしてとてもこわい。


「あのね」

『うん』

「本部くんとお付き合い、することになった」

『……そうか』

「ごめん。自己満足かもだけど、でも見明っちゃんにはちゃんと……言いたくて」

『わかってる』


 見明っちゃんは今、どんな顔をしてるのだろうか。

 想像すると苦しくて、でも顔を背けたくなくて。

 それでも選んだのは自分だ。

 わかってて今こうなっている。


『あたしは美羽を裏切った。だからおめでとうも言わないし言えない』

「それはちが」

『でもあたしもまだ諦めてねぇから』

「……うん。でもあたしも、これだけは譲れないから」


 誰かを好きな気持ちだけでは上手くいかない。

 繋がりだった関係がしがらみになった。

 でもそれをまた繋がりに戻したくて藻掻もがいてる。


『じゃ』


 短くそう告げて通話を切った見明っちゃんの声音からはなにも読み取れなかった。


 この通話は、今後のあたしと見明っちゃんにとって、良かったのだろうか。

 それとも、駄目だったのか。


 答えのない自身の行動に、自分自身が振り回されている。

 どうすればよかったのだろうか。



 ☆☆☆



「おめでとう」とは言えなかった。

「やったじゃん」とも言えなかった。


 美羽から報告を聞いた瞬間、肩の荷が降りたような気がしたのと同時に心が沈んだ。


 これは悔しいのか、それとも悲しいのか。

 よくわかっていない。

 ただわかるのは、料理の手が止まったままなことだけ。


 本部から教えてもらった料理だ。

 みんなで作ったおせちはもう食べきってしまったから、作らないといけない。


「……こんな気持ちで、料理はしたくねぇな……」


 キッチンの洗い場下の棚に背中を預けて天井を見上げた。


「……好きだったんだけどなぁ……」


 見慣れたはずの天井が歪んで見えたのは、きっと疲れているからだ。


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