第184話 青春。

「……」

「ふふん」

「……あの……」

「なに?」

「抱き着き過ぎでは?」

「そこはまあ、いいじゃん?」


 天使さんから告白され、そして僕もまた想いを伝えた後、天使さんに抱き着かれている。

 いやまあ個人的にはすごく嬉しいし胸も当たってるのだが、こちらとしては理性を保つのにかなり必死である。


 こちとら高一なんだよちょっとは加減してくれ……


「だってしょうがないじゃん? フラれるって思っててそれでも告白したんだし、てかそもそも本部くんもあたしの事好きだったとかわかんなかったし」

「……それを言ったら僕の方こそ想定外ですよ。クラスの美少女天使さんがなんで僕をと未だに思ってますからね」


 僕みたいなモブがクラスの美少女を好きになるのはよくある話でしかない。

 だけどクラスの美少女がモブを好きになるのは話がまた別だし、そんなのドラマや映画の中だけの話だ。


「美少女って言ったら見明っちゃんの方が美少女でしょ。見明っちゃんはすでに美人だけど、大人になったらもっと美人になるよ。……あたしより少し胸も大きいし……」


 天使さん、意外と自分から地雷原に突っ込んでいくタイプなのか、それは知らなかったな。

 女性の胸問題はとてもデリケートなので触れないようにしておこう。

 荒れるもん……。


「てかさ! あたしてっきり本部くんは黒須ちゃんの事が好きなんだと思ってたんだよ?!」

「……そうですか」

「うん。黒須ちゃんも可愛いし胸も大きいし本部くんへのアプローチ凄いし」


 まあ実際そうだし、告白……まがい? なことはされている。


「黒須さんと違う形で出会っていれば、その可能性はあったかもしれませんね。たしかに」

「告白成功した直後にそれはとても不安なんだけどぉ……」


 抱きつかれたままジト目で睨まれているが、それでも可愛い。

 ああ、やばいなこれは。浮かれてる。

 自重しなければ……


「本部くん優しいから、そういうのは困る。か、彼女としては?」

「いや、べつに優しくはないでしょう。面倒事に巻き込まれていくだけであって」

「黒須ちゃんの事は高校生になってからしか知らないけど、本部くんと一緒に居るようになってから明らかに明るくなってるし? 黒須ちゃん可愛いし? 黒須ちゃんは本部くんが『背景モブ太郎』さんだって知ってたし?」

「……天使さん、知ってたんですか?」

「あっ!! えっと……そのぉ……盗み聞きしちゃって」

「聞いてしまった事については仕方なのないことなので、べつに天使さんは悪くないですよ。言えてなかった僕も悪いので」


 天使さんがどこで聞いたのかは知らないけど、言おう言おうと思っていて言えなかったのは僕である。

 それもこんな形で言うとは思ってなかったのでさらに話しづらいである。


「ざっくり言うと、黒須さんが僕の料理目当てにストーカー化してこっそりやってただけのインスタがバレた。それだけです」

「あたし結構ファンだったのに気付けなかったんですけど?!」

「それは黒須さんの眼球と脳内でも調べないと僕も納得のいく説明はできませんね」


 流石に刺されそうになったことは言えない。

 それ故にここまで関わることになってしまったわけだが、天使さんは黒須さんとも仲がいい。

 できればこの事は知ってほしくはない。


「ちなみに天使さん、聞いてもいいですか?」

「なにを?」

「いつから好きだったのか」

「そ、そういうこと聞いちゃう?! ちょー恥ずかしいんだけど!!」

「すみません。気になったのもので」


 モブがクラスの美少女を好きになるなんてのはわかりやすい話。

 がしかし逆は珍しい。というか未だに「ドッキリ」ではと頭によぎる。


「き、気付いたら、好きだった。本部くんが一生懸命料理してる横顔見てて、気づいたら……」

「なんか、恥ずかしいですね」

「あたしの方が恥ずかしいからっ!」


 舞い上がって2人で地雷踏んで顔を真っ赤にしている状況である。

 痛々しい。これだから「リア充爆発しろ」とか言われてたりするんだよなぁ。


「今度は本部くんの番! いつから好きだったの?!」

「……いつからだろう」


 元々憧れてはいたけど、そういう想いになったのはまた別な気もする。

 自覚していたことを自覚した、というのがわかりやすいだろうか。


「ちゃんと自覚したのは最近だとは思いますけど、そもそも天使さんみたいな女の子、みんな好きになるでしょう。明るいし可愛いですし」

「嬉しいけど恥ずかしい」

「大丈夫です。僕も言ってて恥ずかしいので」

「それ全然大丈夫じゃないよね?!」


 ふたりで顔をまた赤くして、そのお互いの顔を見て恥ずかしそうに笑う。

 天使さんについてあれこれ悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらいに今はただ楽しい。


「あ、本部くんの性格的に今後はあたしに対して敬語禁止ねっ」

「それはまた突然ですね」

「だってどうせ本部くんがインスタのこと言えなかったのもそんな感じだろうし」

「まあそうですね、はい」


 料理を教えてほしいと言われた勢いのまま言えなくて今に至るのだ。

 天使さんのこういうところは僕にとってプラスとなる事もあるのだろうと思う。


「じゃあ、えっと……」

「美羽って呼んでね?」

「…………美羽、殿どの

「殿っ?!」

「急には無理ですだ」

「拒否反応からか喋り方すっごい変だよ!」

「元々は沖縄方言うちなーぐちをバカにされたくなくて矯正した喋り方ですので」


 標準語は僕にとっての防御壁である。

 それを限定解除するのは簡単ではない。


「じゃあちょっとずつでいいよ。あたしは勝手にタケくんって呼ぼうっと」

「むず痒いですね」

「だって本部く……タケくん、傍に居ないと離れて行っちゃいそうだし」

「天使さんの中の僕はどんな人間なんですか……」

「とにかく! これからよろしくねっ。タケくん!!」

「……よろしくお願いします。み、美羽……」

「じゃあ今度は「美羽、起きて。朝だよ」って言って! 録音して目覚ましにするから!」

「嫌ですよ恥ずかし過ぎる」

「いいじゃぁん!!」


 誰得目覚ましだよそれ……

 そんな事を堂々と言えるようなメンタルしてないぞ僕は。


「とりあえず今日は帰りますね。おせちはまだ残ってるとはいえ、色々とやる事はありますので」

「そっか。寂しいなぁ」


 くっそいちいち可愛いなちくしょう。


「じゃあまたねっ。タケくんっ」

「はい。野菜炒めご馳走様でした」


 玄関のドアを開けて別れ際に想い出の野菜炒めのお礼を言っておく。

 話の流れで言いそびれていた。


「タケくん大好き!」

「…………僕も、です」

「あははちょー恥ずかしい」


 全くだ。アホみたいに恥ずかしい。

 直人さんにだけは知られたくないなこれは。


 そんな事を思いつつも、見切れる最後までお互いに手を振っていた。

 お陰で帰りの寒さは全然感じなかった。

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