第182話 自分の誕生日。
「寒いな」
見明さんたちと別れて家へと歩く。
見明さんからのプレゼントはポケットにしまったままだ。
たぶん何気なくくれたであろう市販のチョコレート。
でも僕にとっては普通に嬉しかった。
自分の誕生日を好きだったことはないし、祝われたいとも思えなかった。
自分が自分を否定する。
だから自分にまつわる全てが嫌だった。
だから方言も直して、影を消してひっそりと過ごしてきた。
でも、天使さんの事を好きになって、友だちが増えて、それではダメだと思ってしまうようになってきている。
痛々しい拗らせ厨二ムーブである事も自覚して、それが余計に痛々しくしていた。
でもそれすら受け入れてくれる人がいるような今は、自分がどうしていいか、さらにわからなくなる。
黒須さんの事もある。
天使さんについての事もある。
そういえば、留愛先輩との約束もある。
考えないといけない事も、やらないといけない事も増えた。
1年前の自分では考えられないことばかりだ。
「自分の誕生日が、そんなに嫌じゃない気持ちなのはいつぶりだろうか」
自分を否定していると、し続けていると、自分の好きな事までも嫌になってきていた。
でも今はそうじゃない。
自分という自己を否定する。
それは存在すら否定するような事なのだと思う。
好きだった事は黒く塗り潰して、嫌いだったものはさらに黒く穴が空いて底が見えなくなっていく。
「……誕生日にこんな事を考え
こんな独り言を笑えるくらいにはなっている。
これを成長というべきか、それともより駄目になっているだけなのか。
親が死んで、半ば自分の義務として磨いてきた料理で、自分の周りが変わっていく。
現状維持をする為だったものが、勝手にその先へと続いてく。
でも、それが怖くもある。
いつまでも自分を下にして低くいたい。
その方が楽だから。
期待しなくていいし、傷だって浅くて済む。
気が楽なぬるま湯の方がいい。
でもいい加減、それじゃダメな事もわかってる。
黒須さんがどんどん女の子になっていって、天使さんに対しての気持ちは一方通行なまま大きくなってくのもわかる。
天使さんと見明さんの仲をどうにかしたくても結局どうにも出来てなくて、自分の色んな気持ちが危なっかしく動いてる。
もう、
今更それはもう無理だ。
黒須さんの件なんて、自分から首を突っ込んでるようなものでもある。
人の人生の一端に関わってしまっている。
「まあべつに、なにがどうってこともないんだけどな」
漠然と心の中に浮かぶものをただ指でなぞっていく。
それがもうずいぶんと形を帯びていることにもうしっかりと気付いている。
なにをすべきか、何を言うべきか、わかっている。
もう、誤魔化せないのだ。色々すべてが遅過ぎた。
だから前に進むしかない。
それが駄目だったとしても、こわいものだとしても。
「ん?」
スマホが震えた。
見ればそれは天使さんからのメッセだった。
そのメッセに「今から行きます」と返事をした。
「……寒いな」
もしも、天使さんに「好きだ」と言えたら、今日という日は自分にとってどうなるだろうか。
自分はちゃんと、自分の事を少しは好きになれるだろうか。
ちゃんと前を向けるようになるだろうか。
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