第177話 約束。
降り積もった雪たちは街を白に染めていた。
黒須さんと一緒に直人さんたちのいるところまで歩きながら眺めていた。
「おせち、本当に美味しかったです」
「みんなで作りましたからね」
「はい」
微笑みを浮かべながら黒須さんは道を悠々と歩く。
白い息を吐きつつも、黒須さんは楽しそうだった。
「本部さんと出会う前は自分で料理を作ってても、ただの作業にか感じなくて面白いとも思わなかったです。でもこの前は楽しかった」
「自分の分だけだと、そうですね。作業ですね」
自分1人分のご飯を作るのはただの作業。
エネルギーを補給するためだけの作業だ。
そこに面白みなんてないし、飾り気もない。なくていい。
「本部さんと居ると、楽しい事が増えていって嬉しいです」
「それは良かったです」
ナイフを首元に突き付けられた時とは違って、今はずいぶんと明るくなった。
もしも黒須さんが幼少期に立川たちに育てられたのではなく、普通の家庭だったら元々こんな雰囲気だったのかもしれない。
「最近、武器を携帯しなくても大丈夫になっている事もあるんです」
「武器を隠し持ってない方が個人的には安心ですね」
「私的には
こういう会話は、なんていうのだろうか。
ドラマとかで見るような、親子の会話に近い気がする。
親子をよく知らないから明確なイメージをもって言えるわけじゃないけど、ひとつひとつ楽しそうに話す黒須さんは純粋な子どもみたいだ。
「本部さん、私の身体をまさぐってみます? 今日は本当に持ってないんですよ?」
「まさぐるのは止めておきますよ」
「それはとても残念です」
僕をからかって不敵に笑う黒須さん。
ぐいぐい来られて嫌なわけではないけど、やはり男として困るものである。
「黒須さんは餅つきで作ったお餅、食べるんですか?」
「食べますよ」
「味は?」
「本部さんが居るから、たぶん大丈夫です」
「僕にそんな味覚のお
「そういうことじゃないんです」
後ろ手を組みながら空を見て、それから僕に微笑む黒須さん。
その表情が美しくて、一瞬黒須さんの瞳から目が離せなくなった。
「そういうことじゃないんです。でもまだよくわかってない」
黒須さんは、どんどん色んな顔をするようになっている。
それはたぶん、人としての総合的な魅力なのだろうと思う。
「でも、もう少しでわかりそうなんです」
「そうですか」
「はい」
人の心はよくわからない。
わかれば苦労なんてしないという話だが。
けれど、黒須さんの中の心はどんどん綺麗になっていっているのはなんとなく見える。
目に見えるものじゃなくても、話し方とか視線とか、ひとつひとつがそう思わせる。
「世の中にはたくさん美味しいものがあるので、味覚障害が治るといいですね」
「個人的には本部さんの料理を食べられているだけでもとても満足しているんですけどね」
「料理の作り手としては嬉しいです。でも、作る人によって違いますし、それを楽しむのも良いことですよ」
僕では死んだ母親の味を再現できない。
思い出のすみっこに
どれだけ試しても、どれだけ料理の腕を上げても再現できない。
僕では作れない味。
それが自分にとっての特別になっているからそう思うだけなのかもしれない。
黒須さんにとっての特別な味が僕の料理であるならば、僕にとっても黒須さんにとっても大きい意味になると思う。
でも黒須さんは、僕の味しか知らない。
それは特別ではない。
僕の料理しか、味を感じる為の選択肢がないというだけの話。
「みんなと、いつか普通にお食事がしたいです」
「できますよ。大丈夫です」
「もちろん、本部さんとふたりきりでもですよっ」
「普通に、できるなら喜んで」
「今のセリフ、憶えておいてくださいね。お食事デートの約束です」
それが普通にできるようになったなら、それは黒須さんにとって良い事だ。
でもその時には僕を見ることはないだろう。
だからこの約束は叶わない。
「そろそろ着きますね。餅つき大会を楽しみましょう」
「そうですね」
雑貨屋ひまわり付近から賑やかな声が聞こえてきた。
雪だるまが笑顔でお迎えしてくれていた。
そんな光景にどこかほっこりした。
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