第176話 押し。
「美味しいですね。海鮮おせち」
「お正月からとても贅沢だねぇ。日本酒も美味いっ!」
「まの姉、飲み過ぎないでよ? 新年早々に泥酔したまの姉の介護とか嫌だよ」
「真乃香さんが着々と牛になっていくな……」
新たな年を迎えて2日目の1月2日。
家から出ず海鮮おせちを食べつつまったりと過ごす。
沖縄に帰っている百合夏は今頃実家に来る親戚たちの相手で忙しいだろう。
まあお年玉はたんまり貰えるだろうけども。
「そうだ皆さん、直人さんが月下組の若い子たちを集めてお餅つきをするみたいなのですが、行きませんか?」
「お餅っ! 太っちゃうけど美味しいんだよね〜」
「ちぃちゃん、大人になったらもっと怖いよ〜。すぐお腹に着いちゃうんだよ〜」
「だ、だいじょーぶだよ。きっと胸にいくからっ!」
「お餅ってそんなに太りやすかったでしたっけ?」
「黒須ちゃんのプロポーションはほんっと意味わかんないよね」
「太らないのになぜそんなに胸が大きいのか。さぁ透花ちゃん、白状しなさいっ!」
最近ではついに本部家に入り浸るどころか寝袋を常備している黒須さん。
僕はそれを許可した覚えはないのだが、ほんとそれはどうなんだ? 色々とさ。
「餅つきできるほど僕は元気じゃないので、若い子たちだけで楽しんできてください」
「おにーちゃんも若い子でしょっ! 10代なんだから」
「私にもあったなぁ、10代の頃が」
「真乃香さん、きっと10年後にも同じことを言ってますよ。シワだけが増えていくのです」
「スキンケアはしっかりしてますからぁ」
この頃はもうすっかり黒須さんは真乃香さんや千佳に対して遠慮をしていない。
まるで姉妹かのような空気さえある。
というかむしろ僕が異物であるかのような感覚すらある。
そんなことをほのぼのとした気持ちで暖かいお茶を
「ということなので、お餅つき大会は11時からなので、皆さん準備して下さい」
「行かないですよ」
「ねむた〜い」
「お家から出たくない」
「大丈夫です。しっかり連行しますから」
にっこり笑顔でそんな悪魔みたいな事を言う黒須さん。
僕はそんな酷いことをするような育て方はしてないぞ黒須さん。
ただでさえ寒いのに餅つきなんて無理だ寒い。
「陽向さんと桃原さんが張り切ってましたので。きな粉に
「めちゃくちゃ気合入ってるな」
「おにーちゃん、苺大福食べたいからお土産よろしくー」
「私はずんだ餅ー」
「なぜ僕だけ行く話が進んでるんですか……」
「本部さん、行きましょ?」
僕の手を握って上目遣いでそう言うのやめてください断りづらい。
「い、嫌です」
「黒須ちゃん、そういうのは良くないなぁ」
「真乃香さんがアピールをサボればサボるほど私には得ですので」
「なにをぉ!」
真乃香さんと黒須さんは年がら年中キャットファイトしてるな。
自惚れているつもりはないけども、僕のせいなんだよなぁ。だからいつも止められない。
いっそ「僕の事で争わないで」とか痛々しく言えたら笑えるだろうか、無理だな恥ずかしくて死にたくなるだろう。
「……まあでも、直人さんたちには世話になってるから、新年のご挨拶も兼ねて顔だけでも出しとかないとだな」
「ですです。行きましょ本部さん」
実際は持ちつ持たれつである。
黒須さんの件も、直人さんからの話を聞いていなかったらここまでの付き合いにはなっていなかったと思う。
去年の今頃の僕は何をしていたのだろうかと思うくらいには人との関わりが増えている。
この変化は、自分にとって成長なのだろうか?
それとも、ただ状況に流されているだけなのだろうか?
「では行きましょう! 本部さんっ」
楽しそうに笑いながら、僕の手首を掴んで外へ行こうと
「そんなに焦らなくても」
「いえいえ、本部さんを家から引っ張り出すのは勢いがないと大変なので!!」
「……攻略されつつある気がする……」
思えば、天使さんとの始まりも勢いのままだった。
僕は押しに弱いらしい。
それでいて嫌ではないからまた困るのだ。
「あ、やっぱ寒くて無理……炬燵が恋人なんだ。離れたくない」
「今のセリフを炬燵から
「勝手にロマンチックなセリフに変換しないで下さいよ」
そんな歯の浮くようなセリフを僕が言えるわけがない。
そういうのを言えるなら、きっともっと生きやすかったのだから。
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