第174話 あけおめ初詣②
夜中の神社、新年、初詣。
これだけで人は非日常を感じるらしい。
自分にとっては、ただ寒いだけ。
きっとみんな、退屈なのだろうと思う。
だからこうしていつもと違う空気を味わいたくて、日本は色んなイベントをやりたがるのだ。
神様がどうとか、多分そういうのはどうでもいいんだろうなぁ、とかひねくれた感想ばかりが心の中に湧いてくる。
「本部くん、なんかごめんね」
「……いえ、気を使わせてしまってすみません」
べつに、天使さんに誘われて嬉しくないわけない。
けれど、なぜかこうしてひねくれてしまう。
「にしても本部くん、ほんとに寒いの苦手だね」
「人がマグマに落ちたら死ぬとの同じ原理ですよ。寒いのは寒いのです」
「ちょー極論だった!!」
僕はクマムシじゃないからな。
寒さには弱い。暑いのはまだ耐えられるけど。
そんな寒さに耐えながら、参拝の列は少しずつ進んでいく。
三が日の中でも初日の1月1日。
混み合うのは仕方ない。
まあ、人が多くて混み合って大変でもみんなで思い出作りできて良かったって輝かしい笑顔で初日の出を迎えられるのがきっとリア充とか陽キャなんだと思う。
僕はそうじゃないからほんとは落ち着いた日に行きたかったんだよな……
「沖縄だったらなぁ……お正月は親戚回りしてオードブル食べてムーチー食べられてたのにな……」
「本部さん、むーちー? ってなんですか? 美味しそうな事だけはわかりますじゅるり」
「ボクもそれちょっと興味あるなぁ」
「ムーチーは簡単に言うと沖縄の餅です」
「黒須ちゃん、よだれ拭こうねぇ」
「今度は黒須さんが天使さんに保育されてる……」
夜中に食べ物の話をしたのは間違いだったと若干後悔した。
とは思いつつも沖縄についてのにわかうんちくを眠気覚ましに語り出す僕。
「
「ずいぶんとまた物騒な名前ですね」
常時武器を携帯している黒須さんには言われたくないな、うん。
「昔の民話からそう命名されただけですよ。まあでも、健康・長寿の祈願の
月桃の葉で包まれているため、香りも良いし、大福などとはまた違った食感が良いのである。
「食べ飽きたらバターで焼いて砂糖をまぶしたりして食べたりもしました。罪の味がしましたね」
「太りそうだけど、美味しそう……」
「本部さんお腹空きました帰って何か食べましょう」
「黒須ちゃん! 初詣が今の目的だよっ! 食欲に飲まれないでっ!!」
「そういえばまだ沖縄そばの材料余ってましたね。帰って作りましょうか黒須さん」
「本部くん、全乗っかりしてお家に帰ろうとしてるよねっ?!」
「本部くん、もうすぐ順番だから頑張ろ? ボクも頑張るから」
上手く黒須さんを焚き付けてお家へGo! 作戦は失敗した。
たしかに話をしていたばかりにいつの間にか参拝の順序がもうすぐそこまで来ていた。
こうなったら手を合わせないと寒さに耐えた意味もない。
「帰ったら速攻でお汁粉作ろ……」
「お汁粉っ!! ご馳走様ですっ」
「黒須さんどんだけ家に入り浸るつもりなの……」
「じゃああたしも行こうかな〜」
「お汁粉ならボクも一家言あるよっ」
「……寝正月が遠ざかっていく……」
いよいよ僕らの番になり、お賽銭を入れて鈴を鳴らして神様への挨拶をする。
一般的に神様にお願い事を聞いてもらっている人が多いらしいが、初詣とは新年を迎え、その土地の神様へのご挨拶が初詣の目的と聞く。
のでお願い事などを念じる事もなく、今年もよろしくお願い致しますとだけ伝えた。
「……」
1番最後まで手を合わせていたのは天使さんだった。
目を閉じて祈る天使さんを見れただけでも来た甲斐があったと思えた。それだけ綺麗だった。
「甘酒〜」
「うん、うん? うん。うーん……」
「本部くんは甘酒苦手?」
「いや、うーん、よくわからないですね。たぶん、自分の中でこれを飲料と認識するべきかコンポタみたいにスープと捉えるべきかが
「この時期のコーンポタージュ美味しいよね〜」
「おみくじ引こうよ〜」
「おみくじいいねっ」
あたたかい甘酒を手に持ったまま、みんなでおみくじを引きにまた歩く。
今までこんな新年を迎えた事はない。
寒くて面倒だけど、なんだんかんだ楽しいとは思う。
自分も、こんな風に少しくらいは浮かれてもいいのかもしれないと思ったりはする。
「本部くん、お願い事は何にしたの?」
「特になにも。今年もよろしくお願い致しますとだけ」
「真面目すぎるっ!」
「天使さんは?」
「内緒っ」
そう言って不敵に笑う天使さん。
こういう時、本当に「内緒」って言ったりするんだなぁなんて他人ごとみたいに思いながら僕はおみくじの結果を見た。
「さいですか。お、大吉だ」
「あたしも大吉っ」
「ボクは小吉かぁ」
「私は大凶です」
黒須さん、去年もあんな事あったのにまだ苦難が待っているのか……黒須さんの人生ハードモードだな……
「ちなどこが1番悪いの黒須ちゃん?」
「……恋愛運が絶望的……」
「なんか、うん、聞いてごめんね」
「あ、天使さんのも見せて下さいよ」
天使さんのおみくじを見て項垂れて崩れ落ちる黒須さん。
どんだけ落差あったんだろうか。
そしてなんか黒須さんに関しては色々と申し訳ない気もしなくはないというか。
「み、みんな初日の出見に行こうよ! ね? 本部くん」
「まあ、そうですね。少しでも温まりたいですし」
桃原って、結構空気読めて動けるんだよな。
あと可愛い。
しかし、日の出を有難がるというのも不思議なものだなぁと思う。
みんなでこうして初日の出を見ることがイベントの1つとして成り立つというのが意外というか。
たぶん、結局は誰かとなにかを共有できることが良いのだろう。
「なんか、初日の出見ると「新年」って感じするね」
「そう、ですね」
眩しそうに、でも真っ直ぐに日を見つめる天使さんはとても純粋だった。
こういう時、やっぱり僕とは違う世界の人だといつも思う。
僕には、真っ直ぐ見つめられるほど純粋じゃない。
だからこういう時、素直に肯定できない。嘘が付けない。
結局自分はなにも変わってないのかもしれない。
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