第172話 年越しそば。
「おっそば♪ おっそば♪ 年越しおっそば♪」
「黒須さん、なんで
「本部さんの料理が食べられるからです」
「透花ちゃん、もうすっかりウチの子みたいだよね〜」
「この家の
「ふふふ、真乃香さん。本部さんは渡しませんよ」
「……黒須さん、年明けた頃には雨宮透花なんですけどね……」
学園祭以降、黒須さんを直人さんたちの子どもとして養子縁組する案を話したらしい。
生みの親たちとの接触によって過去の記憶と向き合い、じっくり考えた末の黒須さんの選択として直人さんたちの娘となる事を選んだ。
冬休みが終わって役所に書類を提出すればあとは正式に養子縁組が成立する。
と言っても、黒須さんは立川たちとの縁を完全に切るつもりはないという。
過去と向き合っただけではなく、これからも向き合い続けないといけないと黒須さんは言った。
「書類上はそうなるかもですが、すぐに本部透花に変わりますから」
「真乃香お姉さんは認めませんからねっ!!」
「あ〜あ。また始まったよー。年末なのに元気だね」
「千佳、みかん食べるか」
「そだね。おにーちゃん」
おせち作りを終えた日から雪はゆっくりと振り続けている。
そのため僕は常に眠い。
寒いのはやっぱり苦手だ。
真乃香さんの黒須さんの
「というか、直人さんたちは何も言わなかったんですか?」
「健君家でゆっくりするといいって言ってましたので大丈夫です」
「いや、こっちはだいじょばないからっ!」
まあ、黒須さん的には毎年みんなが夜更かしをしながら年越しそばを
黒須さんだけ味のしないそばを食べているのも可哀想だし、今年は僕が手打ちして作ってある。
まだそばを食べるには少し早いので今は4人とも炬燵でゆったりしている。
まあ、僕らは沖縄人なので年越しそばと言っても沖縄そばであるが。
沖縄人にとって「そば」は「そば」であり、決して蕎麦ではないのである。
……まあ、好みによるとは思うので断言はしないけどさ。
「でもまあ今年は透花ちゃんも居てもいいでしょ、まの姉。家の大掃除も手伝ってもらっちゃってたし」
「ぐぬぬ……」
「ふふんっ。その為に頑張ったんですから」
「黒須さん、基本残念なのにスペックが優秀なんだよなぁ」
「本部さんに褒められましたっ!!」
「……いや、褒めてない」
ちょっと頭のネジがおかしい以外はわりと完璧超人である。
武装さえしてなかったら普通にラブコメのメインヒロインである。
「てかまた寒くなってない? おにーちゃん、もうちょっと温度上げようよ」
「電気代がなぁ」
「ちぃちゃんもナチュラルに私にはそういうの聞かないよね……」
「だって基本的に家計管理してるのおにーちゃんだし」
「まあでもたしかに寒くなってるよな」
「本部さん、抱きしめてあっためてあげましょうか?」
「大丈夫です」
「即答っ?!」
「じゃあ私がっ」
「それも遠慮しときます」
「がはっ」
そんなことされたら色々と大変だろ、理性的に。
頼むから誘惑するのをやめてくれ……
「そろそろ作りますかね」
「おそばぁーー!!」
「黒須さん、うるさい」
「はぃ…………」
「おおぅ、今透花ちゃんの尻尾がしゅんってしたのが見えたよ私」
「黒須ちゃんが健きゅんに怒られてるぅ」
「真乃香さんも大人気ないのでやめてください恥ずかしい」
「ひゃぃ…………」
「この家には2匹も犬がいたんだね」
1番年下の千佳に哀れみの目でそんなことを言われる真乃香さんと黒須さん。
ある意味仲がいい気もする。
前世は双子だったのかもしれないな。
「あーーー寒い」
炬燵から出たくない……
でも沖縄そば作らないと……
寒い辛い眠い。
これだから沖縄以外の冬は嫌なんだ。
沖縄にいた時すら寒かったのに、東京の冬はもっと寒いとか死ぬ。
これ以上北に行ったら僕は死にます……
「今年ももう終わりかぁ」
「20歳超えるとあっという間に1年が過ぎてくなぁ」
「そして真乃香さんは気が付いたら独身のまま適齢期が過ぎていくのです」
「た、健きゅんがお嫁に貰ってくれるから大丈夫だしっ!!」
「残念ながら私がお嫁さんになっているのでそれは無理ですぅ!」
「いいやそれは無いからっ!!」
「いいえありますからっ!」
「また始まったよ……」
我が家の女性陣は冬でも元気があって羨ましい。
僕はもう2人にツッコミを入れる元気もないというに。
元気はないが、自作したそばと出汁、そして
沖縄そばの出汁は東京でも簡単に作れるが、このラフテーは手間が掛かっている。
ラフテーとはざっくり言えば豚の角煮なわけだが、泡盛と皮付きの豚バラ肉を使う。
皮付きの豚バラ肉は一般的には出回っていない為、毎年わざわざ都内の沖縄料理屋経由で得た業者に提供してもらっているのである。
皮付きの豚バラ肉を使わないとラフテー独特のプリプリとしたコラーゲンたっぷりの食感にはならない。
そしてこれは沖縄人としては拘らなくてはならない事なのである。
沖縄そばにラフテーを乗せるのと、豚の角煮を乗せるのとでは概念からして異なる料理と言えるだろう。
いくら寒くて面倒くさがる僕であってもそこだけは妥協できなかったのである。
「もうすぐできま」「本部さんっ!!」「っ?!」
急にキッチンへと駆け寄ってきた黒須さんに驚いて何事かと考える間もなく、黒須さんは僕の手を握ってきた。
「飛んで下さい!」
「は?」
「3! 2! 1!」
黒須さんのカウントダウンで年越し3秒前であるという事を
「ハッピー・ニュー・イヤーッ!!」
一緒に飛んだ瞬間、黒須さんの満面の笑みは眩しくて、なんとなくそれが嬉しかった。
色々あった年を、黒須さんは乗り越えたのだと実感した。
「黒須さん、年越しで浮かれるのはいいですけど、キッチンは危ないのではしゃがないでくださいね」
「…………はぃ…………」
「黒須ちゃんの初お叱り〜」
「でも、あけましておめでとうございます。黒須さん」
「あけましておめでとうございます。本部さん」
しゅんとした顔からまたすぐに黒須さんは微笑んだ。
ほんと、この人は懲りない。
でもこれもたぶん、黒須さんの魅力なのだろうと思った。
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