第171話 年末の雪。

「寒いね〜」

「ほんと寒いです……死ぬ……」

「まだここから寒くなるから気を付けないとだよ本部くん」

「……沖縄に帰りたい……」


 本部くんと一緒に歩きながら舞い落ちる粉雪を眺める。

 手に持ったおせちの重箱を落としてしまわないようにふたりともゆっくり歩く。


 家の方向が本部くんと一緒で良かった。


「沖縄にいた頃の冬はたまにしか白い息が出なくて、それで馬鹿みたいにはしゃいでたんですけどね」

「本部くんも意外と可愛いところがあったんだね」

「沖縄人なら大体そうですよ」


 完全防備の本部くんはそれでも震えている。

 あたしも寒さを感じてはいるけれど、そんな事はわりとどうでもよかった。


 年末のこの時期に、少しだけでも一緒に居られるのが嬉しい。


「じゃあ初めて雪見た時もテンション上がった? やっぱり」

「上がりましたね。5分で下がりましたけど」

「早すぎっ」

「いやだって寒いですし」


 年末の静かな街。

 でもどこか浮ついた空気感に粉雪は優しく降り積もる。


 ふたりで寒い寒いと言いながらもそんな静かな街の道に足あとを付けて歩くのはそれだけで楽しい。

 いつもと同じような道なはずなのに、非日常感がある。


「雪だるまは作ったことある?」

「ありますよ。泥だらけになって全然上手くいきませんでしたけど」

「結構積もってないと出来ないよね」

「最終的には千佳が泥雪だるまをまとにして雪玉投げ付けてましたね」

「雪だるまさん可哀想すぎる」


 歩いている途中に公園を見つけた。

 その横の自販機の「あったかい」に目が止まった。


「本部くん、ちょっと公園寄って温まろうよ」

「そうですね……このままだと寒くて死ぬ」


 ふたりでホットココアを買って、屋根付きのベンチに座った。

 ベンチからすら伝わる冷気は流石に堪える……


「美味ぁぁ……」

「あったまりますね」

「あと炬燵こたつと暖房もあれば完璧なんだけどな〜」

「みかんも追加でお願いします」

「みかんも大事だね」


 他愛もない話だ。でも、これがいい。

 本部くんと居られて、とても落ち着く。


「でも寒いお陰で公園貸切だよ」

「遊具で遊ばないのは贅沢ですかね」

「遊ぶ?」

「危ないですよ。雪も降ってますし」

「そだね」


 本部くんがホットココアを飲んで一息つくのを見てるとほがらかな気持ちになった。

 今だけはこの年末の寒さに感謝したい気持ちだった。


「本部くん、お正月は一緒に初詣行こうよ」

「寒い上に人も多いのによく行こうと思えますね……。初詣はべつにお正月に行かなくてもいいらしいですよ。神様も混み合い時よりそっちの方が喜びますよきっと」

「本部くん今完全にお布団の中にくるまってる気分で言ったでしょ?」

「天使さんってエスパーでしたっけ?」

「かもしれない」


 本部くんの寒さ抵抗の低さは異常だ。

 これでは三が日にも会うのは難しいかもしれない。


「そろそろ帰りましょう。本格的に降り積もるとこの場で僕は冬眠するしかなくなりそうです」

「冬眠したら死んじゃうよ本部くん」

「眠って死ねるなら、そこそこ良い死に方かもしれませんね」

「本部くん帰ってきてー。現実逃避しないでー」


 なんか本部くんが変な事を言い出したので本当に冬眠してしまわないうちに帰らないとやばいかも……


 飲み干したココアの缶を処理してふたりで雪が落ちている道を歩く。

 キュシキュシと音のなる道に楽しさを覚えつつも転んでしまわないように気をつける。


 灰色の空でも、隣に本部くんが居るだけで楽しい。

 でももうすぐ分かれ道だ。

 あの角で今年は終わり。


「では天使さん。良いお年を」

「良いお年を。本部くん。あと初詣も一緒に行こうねっ。じゃあね!」

「……検討しときます」


 本部くんは動かない。

 だから、あたしからいかなきゃ離れていく。

 別れた数秒後にはもう会いたくなるのに、今はもうお家に帰らなきゃいけない。


 もどかしいくて落ち着かない。


「……でも、もう決めた……」


 冷たくなった手でスマホを取り出して電話を掛ける。

 3コール目で出てくれた事になんとなくの安心感を覚えた。


「もしもし? 見明っちゃん。今、大丈夫?」

『……どうしたんだよ?』


 あたしも見明っちゃんも、どこかやっぱりぎこちない。

 さっきまで冨次先輩家でおせち作りしてたって、この距離感は簡単には戻せない。

 でも、それは嫌だ。


「本部くんの誕生日、1月3日なんだって」

『……なんで、それをウチに言うわけ?』

「言っておきたかった、から」

『そんなの、黙っとけば美羽だけ得できるだろ? ……なんでだよ……』


 ずるい気がした。

 あたしは本部くんの事が好きだし、見明っちゃんもそうだ。

 でもあたしと見明っちゃんは友だちで。


 見明っちゃんはあたしを裏切ったって言ったけど、あたしはそう思ってない。そう思えない、というか、思いたくない。

 でもこれもたぶん、あたしのエゴだ。


「あたしも最近知ったばっかりで、全然準備してないから、もう……見明っちゃんに遠慮しない」

『……そうかよ……』


 あたしなりのけじめの付け方。

 今まで我慢させてた申し訳なさに対してのけじめ。

 身勝手な気もするし、正直ただの自己満足だとも思う。


『あたしに取られても知らねーぞ』

「大丈夫。見明っちゃんに負けないから」


 女の子同士の色恋沙汰の怖さは知っている。

 だから、見明っちゃんとはそうなりたくない。

 我ながら狡いとも思う。


『じゃあな』

「うん。……良いお年を」


 少しでも、自分の大切な人たちと向き合えるようにならないといけない。

 そうじゃないと、全部なくなっちゃうから。

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