第137話 嘘。

 屋台の建ち並ぶ道は校内よりも一般客が多い。

 体育館からは何かしらの演し物も行われていて賑やかな騒音も聞こえてくる。


「みんな、楽しそうね」


 なおさんは前を向いたままそう言った。

 他人事で、どうでもいいように。


「まあ、学園祭ですし」

「そうね。青春の1ページだものね」

「青春、ねぇ」


 僕は青春なんて謳歌しているほど余裕はないから、これが青春だと言われてもよくわからない。

 家事と勉強に生活リソースの7割以上は注ぎ込んでいるわけだが、今はそこからさらに生徒会の仕事もある。


 ……今は実質その生徒会の仕事をサボっているわけだが。


「なおさん、どこまで行くんですか?」

「校外よ。車の中にいるから」


 屋台通りを通り過ぎようとした時、僕のスマホが震えていることに気が付いた。

 一瞬画面を覗くと見明さんからだった。

 天使さんからも数分前に連絡が入っていた。


「なおさんすみません。電話に出ます」

「ええ」


 やり止まないコール音に違和感を覚えつつも通話を開始する。


「どうしました? 見明さん」

『本部、お前んとこに黒須は居ねぇか?』

「黒須さんが、どうかしたんですか? こっちには居ません」


 なおさんが足を止めた。

 何かあったと気付いたのだろう。


『わかんねぇんだよ。迷った一般客がメイド喫茶の場所がわかんないって言って黒須が案内しに行ってそれっきり戻ってこねぇって家庭科室担当の奴らから連絡あってよ』

「……捜してみます」

『おう、頼む』


 ピンポイントにメイド喫茶への案内。

 黒須さんに案内させるのはたしかに都合が良かったのかもしれない。

 メイド服を着て家庭科室にいるから、一般客でも話しかけてしまうかもしれない。


 こっちの警備の隙を突かれた可能性がある。


「ええ、私よ。零番隊、透花対象の現在地の報告をお願い」


 ……零番隊? なんか物騒な事を言ってる。

 月下組の中でも聞いたことないぞ。


「本命が釣れたわ。急ぐわよ」

「急ぎましょう」

「本部くんっ!!」


 再び歩きだそうとすると天使さんに呼び止められた。

 人を掻き分けて急いで追ってきたのかカチューシャの位置が少しズレている。


「どこ行くの? デート、なんかじゃないよね?」


 縋るように僕の手首を掴む天使さん。

 行かせないようにしているみたいだ。

 別に、危ない事をしようとしているわけではないんだけど。


「なおさんに頼んで少し買いだ」「違うよね?」


 真っ直ぐ眼を見られてしまい、どこか後ろめたさを感じてしまった。

 天使さんの必死さに申し訳ないと感じているからだろうか。


「今日の本部くん、ちょっとおかしかった。あんなにピリピリしてて……前にも黒須ちゃんの事でなんかあったよね? ねぇ本部くん、何が起きてるの? 教えてよ……」


 僕自身、天使さんに教えられる事なんてない。

 僕だって何が起きているかを把握している訳ではない。


「ねぇ天使さん」


 なおさんが名前を呼びながら天使さんにゆっくりと近付いた。


「貴女、透花の為に死ねる?」


 天使さんの瞳をじっと見つめながら、なおさんはそう問いかける。

 直人さんが天使さんを試そうとしているとわかった。


「なおさんそれは」「友だち、ですから」


 僕が口を挟む間もなく天使さんは即答した。

 天使さんの言う「友だち」という言葉に、陽キャの軽さは微塵もなかった。


 味覚障害の事を知っているからか、それなりの認識を持って黒須さんと接していたのかもしれない。

 けれど、普通の高校生が背負うには少しばかり重たい。


「そう。なら貴女も来て」

「なおさん?!」

「天使さんがそう答えたのは、透花のせいであり、透花の今の生き方だから、それでいいの」


 今の生き方。

 黒須さんの過去を知っていても、その意図の全てを僕は理解することはできていない。


「手のかかるうちの娘を迎えに行きましょうか」


 それだけ告げるとなおさんは再び歩き出した。


 今は学園祭初日の昼過ぎ。

 もう、何事も無く、なんて事はなくなっている。


 黒須さんは無事なのか。

 直人さんはどこまで現状を把握しているのか。


 僕はともかく、天使さんは無事なままで事を終えることができるのか。


 もっとちゃんと最初から上手に嘘が付けていたら、違っていたのだろうか。

 それこそ最初から。

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