第136話 歯痒い。
「にしてもやり過ぎですよなおさん」
「別にいいじゃない。嘘も付いていないし詐欺もしていないわ。お金騙し取ったりもしてないし」
「いたいけな男子高校生を弄んでたでしょ。僕に変なヘイトまで向きましたし」
「健君の株がまた急上昇してしまったわね。ごめんなさいね」
「……遊ばれてるんだよなぁ……」
なおさんに連行されて校内を歩く。
どこに向かっているのかはわからない。
そもそもまだ直人さんたちと落ち合う予定はなかった。
「それにしてもあれね、私ってまだまだいけるわね。びっくりしたわ」
「なおさんって本当に人間なんですか?」
「人間よ。ちゃんと血は赤いのよ?」
「蛍光色の緑色の血液かどうかを聞いてるんじゃないですよ」
賑やかな校内をふたりで歩いているわけだが、かなりの割合ですれ違う一般客や生徒に見られているなおさん。
誰も
それこそ至近距離で誘惑された元クラスメイトたちがドキマギするレベル。
全く意味わからん。
人間という生物は年老いていくようにできている、はずなのである。
というか基本的に地球上の有性生殖の生物はほとんどそうである。
「まあでも、ありがとうございました」
「べつにわたしは健君を助けてなんかないわ。むしろ、あの子たちを助けたと言っても過言ではないわね」
「……あれでまともになるのならそうですね」
「なるわよ。男ってバカだもの」
その言葉に悪意はない。
微笑みを浮かべるなおさん自身が男であるということも説得力をより感じさせる。
「男なんて、この
「ルッキズムどうこうの今の世の中で、未だにそれがあるとは思えませんけどね」
「また戻ってくるわよ。そんなの」
ルッキズムはともかく、顔が良いとはつまり遺伝子的に良いという証明である。
今まさにすれ違う人々の注目を集めているなおさんが良い証明と言えるだろうか。
「明日から健君は学校で大変ね」
「なおさんがわざと誤解させたんですけどね?」
「小説家である私からすれば、どれだけ言葉を尽くしたって、伝えたい事の70%も伝わらないわ。だから勝手に誤解するのは当たり前の事よ」
「その残りの30%で人をだまくらかすわけですね」
「いつものことじゃないの」
たしかに直人さんがいつもやっている事だ。
さっきなおさんがみんなの前で言った「そういう人が好き」の「好き」だって、色んな意味があるだろう。
英語だって「Love」か「like」が浮かぶ。
これを故意に使い分けて、それでいてその真意をわからない文面で言葉にして伝える。
だから間違える。
だから誤解する。
だから思い込む。
都合のいいように。
直人さんが日本語という言葉を使うだけでチートだ。
前にもそう思ったけど、今回はその故意の「誤解」の範囲が広すぎる。
おかげで僕はより面倒な事になった。
「モブ」というアイデンティティとも言えるマイナスな個性が死んでいく。というか殺されていく。
「というか、なんで今僕を?」
「魚が釣れたのよ」
「魚、ですか」
「ええ」
直人さんたちが裏で何をしているか、それは僕も把握していない。
「さっき連絡したけど、貴方は出なかったから」
「そうですか」
さっきまで料理するのに忙しかったから気づかなかった。
気付いていれば、別の行動をとれたかもしれない。
ちゃんと確認していればよかった。
「それにしても天使さん、可愛いかったわね。ちゃんと健君は感想とか言ったの?」
「急になんですか……」
なおさんが言いたいのは天使さんのメイド服姿の事だろう。
そりゃもうもちろん可愛いのは同意する。
「ちゃんと言ってあげた方が喜ぶと思うわよ」
「……善処します」
イタズラに笑う直人さん、
この人と居ると調子が狂う。
百合夏とはまた違う狂わされ方だ。
手のひらで転がされている感が半端ない。
「魚は何匹なんですか?」
「1匹だけ」
「そうですか」
自分の未熟さを歯痒く思いながらも話を逸らしてみる。
まだすれ違う人はいる為、表立って話はできない。
だが、すでに黒須さんを狙う奴を1人捕まえているということ自体は油断できない状況であるという事でもある。
水面下で行動するのも今後は厳しくなっていくかもしれない。
何も出来ない自分は結局、直人さんに頼る他ない。
僕は自分の無能さを実感しながら直人さんの後ろを歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます