第135話 良い男。

「生徒会室に寄る前にクラスの様子見とかないとな」


 校内は賑わっていた。

 色んな人が楽しそうに笑っている。


 それを今は感傷に浸ることなく眺められている自分。


 中学の頃の文化祭は、どうだったろうか。

 息を殺して取り繕ってばかりだったしボロが出ないようにと必死だったから、中学の時の事はあまり覚えていない。


 小学5、6年生の頃のと比べると辛くはなかったが、楽しかった記憶もない。


「あ! 本部料理長もとぶシェフっ!!」

「……天使さん、なんか恥ずかしいから止めて下さい」


 接客も一息ついたのか僕に気付いた天使さんが駆け寄ってきた。

 メイド服姿も相まってまともに見れなかった。

 ……中学生男子みたいなうぶな反応をしてしまった死にたい。


「良い感じみたいですね」

「もちっ!」


 楽しそうにウィンクをして親指を立てる天使さん。

 無邪気な天使さんを見ていると、緊迫している自分の心が少しだけ落ち着くのを感じた。


「どうでした? 変な客とか来たりしました?」

「特には来なかったよ。ナンパされてる子はいたりしたけど」

「お触り厳禁って張り紙も必要かもですね」

「今のとこ触られたりとかはないけどね」


 面倒な客ならまだいい。

 問題は、黒須さんをターゲットにしている奴、である。


 一応メイド喫茶のオブジェに隠しカメラを仕込んである。

 1日目が終わったらチェックしておかないといけない。


「あれ? 本部だ。モブのくせになにしてんの?」


 天使さんと話していると後ろから嫌な声が聞こえてきた。

 嫌な記憶がまたふつふつと沸いてくる。


「お前のクラス、メイド喫茶だったのかよ。モブ太郎はメイド服着ないの?」

「僕は料理担当だから」

「お前の作った飯とか食えるかよっ」

「行こうぜ。不味い飯とかメイド居ても嫌だわ」

「モブが移りそうだしな」

「本部くんに失礼だよ、君たちさ」


 ケラケラと僕を嘲笑いながら背を向けて歩きだそうとする小学生の頃のクラスメイトたち。

 夏祭りの時と言い、天使さんがいる前でそういう事を言われるのは嫌だった。


 ましてや天使さんに反論させてしまう情けなさ。


 憧れであり、好きな人だ。

 その人の目の前でバカにされるのは男としてのプライドとか、そんなもんが自分なんかにもちゃんとあることすら嫌になるくらいに嫌だった。


 もどかしい。

 何も言い返せない自分が。


「健君、なおお姉さんが来たわよ」

「な、なおさんっ?!」


 いつものように女装した直人さんが空気を読まずに僕に絡んできた。

 まだ落ち合う予定はなかったはずなのにどうして今ここに居るのだろうか?


「あら、健君のお友達かしら?」

「あ、えと、小学の頃のクラスメイトっす」


 ……こいつら、なおさん相手に鼻の下伸ばしてやがる。

 まあ、どう見ても20代の大人の女の姿の直人さんを初見で目の前にしたらそうなるか。


「健君、モブなんてあだ名なのね。知らなかったわ」

「ちょっ?! なおさん?!」


 直人さん、もといなおさんはいやらしく微笑みながら僕に擦り寄ってきた。

 天使さんもビックリしている中、なおさんは淫靡いんびな手つきで僕の胸板を撫でてきた。


「私、あまり人をおとしめるような男は好きじゃないわね」


 そう言ってなおさんは楽しそうに笑い、元クラスメイトの男子の1人に近づいた。

 その男子の顎を人差し指と親指で優しく掴み、誘惑するかのように微笑む。


「人を踏み付けて嘲笑うのは気持ちがいいし、自分が下ではないと安心できるけれど、その時の人の顔はあまり好ましくない」


 なおさんは元クラスメイトの1人を見つめたまま、顎に添えていた手を男子のお腹へとゆっくり忍ばせた。


「人間の三大欲求のうちの睡眠、性欲、食欲」


 ……なおさん、完全に遊んでるわこれ。

 ほんといい性格してるな直人さんは。


「あなたは健君のご飯は不味いと言ったけれど、私はそのご飯がとても好きなのよ。胃袋を掴まれるというのはそれだけ魅力的な事よ」


 なおさんは男子のお腹をいやらしく擦り、優しく指先に力を入れる。

 そして固まる童貞君。


「人を踏み付けて笑う男より、自分を磨ける良い男に成りなさい。少年。お姉さんは、そういう子の方が好きだわ」

「は、はいっ!」


 なんか、こいつらが哀れに思えてきた。

 完全に弄ばれている。女装男子に。

 ……直人さんの年齢的に、男子、と表現するのもどうかとは思うが直人さんに年齢の概念はあまり意味は無いなと思い立った。


 こいつら、なおさんが男だと知ったらどんな顔をするのだろうか。少しだけその先の表情に興味はそそられる。


「じゃあ、お姉さんは健君とデートするから」


 散々童貞くん達を弄び、ニコっと笑顔で再び僕の隣に来たかと思えば僕の腕を掴んで密着するなおさん。


 ……男だとわかっていてもドキマギするよな、そりゃ。おっさんなんだけどなぁ、なんでなんだろうなぁ。


「というわけだから、行くわよ健君」

「え、あ、ちょっとなおさん、僕は今から仕事が……」


 しかし有無を言わさず連行される僕。

 不意になおさんは天使さんに近付き、天使さんの耳元で何かを呟いた。


「(貴女の好きな人、借りてくわね)」

「ッ!! ……」


 不敵に微笑むなおさんと共に僕は教室を出た。

 なぜか天使さんが顔を赤くしているのだが、なおさんは何を吹き込んだのだろうか?


 きっとろくでもないことなのはわかる。

 だって直人さんだもの。


「青春って素敵ね」

「……男子高校生の性癖歪めて遊んでる人が言っていいセリフじゃないんだよなぁ」


 これで満面の笑みを浮かべるのが直人さんである。

 大人って怖い。


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