第132話 陽向さんの話。
「健くん、いらっしゃい」
「こんにちは、陽向さん」
学園祭もいよいよ近くなっていた。
僕は学園祭で使う小物などを陽向さんに依頼していて、今日はそれを受け取りに来ていた。
陽向さんのにっこり笑顔、和むなぁ。癒される。
「学園祭かぁ、楽しそうだなぁ」
「陽向さんと直人さんも顔出すんですよね?」
「うん。そだよ。なおちゃんと義姉妹デートだよっ」
陽向さんも楽しみにしていてくれている様だ。
「でも直人くんはなんか忙しそう」
「まあ……直人さんはいつもそうでしょう」
「そうなんだけどね。たぶん、透花ちゃんの事、だから」
少し複雑そうな顔をする陽向さん。
直人さんは、陽向さんに黒須さんの事は深く話していないから、今回の件も話さないでほしいと釘を刺されている。
だから陽向さんは黒須さんの深い過去も知らないはずで、陽向さんの認識は月下組の親のいない子、という認識のはずである。
「……直人くんは、いつもわたしの知らないところで色々やってるから」
「直人さんのお嫁さん、としては不安ですよね」
「うん。しょうがないな、と思うけど、やっぱりちよっと寂しい。見せたくないからだと思うんだけど」
商品はもう受け取った。
だから、直人さんとの約束を破ってしまわないうちに帰るべきだ。
陽向さんは、直人さんが黒須さんの生みの親である立川志乃の父親を間接的にとはいえ殺した事は知らないからである。
けれど、陽向さんがお茶飲んでいかないかと言われて断れなかった。
カウンター側にふたりで座って話を続ける。
「直人くんね、身体に3つも刺傷があるの」
「……3つも、ですか?」
いきなり重たい話になりそうな予感だった。
「3つとも、お母さんに刺された傷。そのうち2つはわたしも刺されたところを見たの」
「……お母さんに」
沖縄旅行での海で遊んでいる時、直人さんはシャツを着ていたからその傷については知らなかった。
「で、病院行ったら直人くんが小説家で探偵の助手してて月下組とかいう暴走族の総長だって知った」
「…………衝撃の事実発覚ですね」
「直人くんの担当編集者さんとか探偵さんとか組員たちがたくさん来てパニックだった記憶があるよ」
当時の月下組は暴走族であったという事は聞いていた。
でも当の本人の直人さんはバイクに乗れないし乗らない。
その辺の話も僕は直人さんから聞いてはいるので驚きはしなかった。
でもその当時に陽向さんがそれを知ったのなら驚くだろう。
だって聞いてて意味わかんないし。てか今でも意味わかんないし。
「わたしね、健くん」
「はい」
「1度死んでるんだよ」
「……それは、1度は心肺停止状態になったっていう事ですか?」
「違うよ。死んだの」
その話は聞いてない。
陽向さんが1度死んだ?
意味がわからない。
「健くんが信じてくれるかどうかはわからないけど、聞いてほしいなって思うから言うね」
「……は、はい」
なぜ今、その話をするのだろうか。
繋がりがわからない。
それでも、ちゃんと聞かないといけないのだと思った。
「わたしがわたしのまま生きてたら、本当は直人くんと同い年で、戸籍上では義理の兄妹なの」
「…………は、はい…………」
咀嚼できないまま、それでも飲み込んで話を聴く。
「これ、昔のわたし」
そう言って陽向さんはスマホに写った画像を見せてきた。
そこにはおそらく若かりし頃の直人さん、いやなおさんか。
そして複数の女の子。
その中に長く真っ白い髪に真っ白い肌の陽向さんとそっくりな女の子がいた。
「アルビノ、とか言われてるんだけどね。前のわたしは
アルビノ、というのは知っている。
詳しくは知らないけど、生まれつきそういう体質である事くらいは知っている。
けれど、そんなことよりも、話の通りこの白髪の女の子はどう見ても陽向さんそっくりだ。
表情も、雰囲気までも、今の陽向さんと同じである。
「この時のわたしの名前は
雑貨屋ひまわり。
この店と同じ名前。
「わたしにはね、前世の記憶があるの。そして、そのわたしを直人くんは15年かけて捜し出してくれた」
陽向さんは懐かしそうにそれを話す。
現実離れした話を。
生まれ変わり、なんて話はドラマか映画の話だ。
にわかには信じがたい。
「わたしが死んだのは高校1年の夏が終わって、学園祭の前に死んだ。直人くんと出逢って半年ちょっとかな」
陽向さんは左手の薬指の指輪を見つめていた。
「わたしには前世の記憶がある。でも、それは記憶だけ。わたしは地咲陽向だった」
陽向さんと直人さんには不可解な点は確かにある。
歳の差があり、陽向さんが知らないはずの直人さんの高校生時代の事をよく知っていた。
だから、生まれ変わりであり前世の記憶があるのなら辻褄は一応合う。
「記憶で知ってるあの人だって、すぐにわかった。だから嬉しかった。でも、その時に思った。今のわたしはどうなるんだろうって。地咲陽向であるわたしはどうしたらいいんだろうって」
前世の記憶がある人の話。
それは、とても共感し難い感覚だ。
デジャブが頻繁にあり、それでいてとても鮮明だったりするのだろうか。
眉唾物の話だが、陽向さんが嘘を言っているようにも見えない。
「今のわたしは陽向で、でも直人くんが望んでるのは向日葵で。…………もしも、世界は全部繋がってるんなら、前のわたしも今のわたしも、たぶん何も直人くんにしてあげられない」
「そんなこと、ないと思います、よ。綺麗事かもですけど」
普通ではないふたりの世界。
それを高校生でしかない僕に掛けられる言葉なんてない。
「うん。直人くんもね、好きにしてくれていいって言うの。前は、太陽の下も歩けない
太陽の光を浴びれない生活というのは、どうなんだろうか。
想像もできない。
太陽の光や暑さに、鬱陶しいと思うことすらできないのだろうか。
「まるでお姫様みたいに直人くんはわたしを大切にしてくれる。でもそれが寂しい」
その感覚はわからない。
大切にされる事は幸せではないのだろうか。
「男の子ってバカだなって思うの。誰かの為に自分が傷付いてでも解決しようとするから。わたしだって、直人くんを護ってあげたいって思っても、傍に居てくれさえしてればそれでいいって」
男はバカだとよく世間では言われている。
いつまで経ってもそうなんだろうなと僕も思う。
だからヒーローに憧れる。
いつまでも痛々しい子供。
たとえどれだけ頭が良くなっても、結局のところ男は強くありたいのだろう。
もちろん万人がそういうわけじゃないけども。
「でも、わたしはまた直人くんになにもしてあげられない。直人くんが、過去の事を知られたくない事がわかるから、だからわたしは直人くんの隣で、なんにも知らないふりして笑うの」
「ふふっ。直人さんも、男の子なんですね」
直人さんも、ある意味普通の人なんだなと思えた。
宇宙人と言われた方がしっくりくるけど、人間だ。
「男の子はバカなので、好きな子にかっこつけたいんです」
女装してようが、直人さんは直人さんなのだろう。
「ほんとはもうちょっとこう、甘えて来てくれたりしてほしいんだけどね? お嫁さん的には」
「……直人さんが陽向さんに甘えてるところは想像できないですね」
「実際そうだから」
「むしろ陽向さんが甘えてそう」
「あっ! 健くん酷い!! たしかにそうだけどもっ」
陽向さんが怒って僕の肩を叩くが、痛くはない。
気が済んだのか叩くの止めて、陽向さんはまた少し寂しそうな顔に戻った。
「透花ちゃんもね、小さい頃の記憶はない。わたしはそれについて直人くんに聞かないし、調べない。でもたぶんだけど、健くんは色々知ってそうだから、直人くんを助けてあげてほしい」
陽向さんは、強い人なんだなと思った。
知らないということを知っている。
たぶん、直人さんが話してくれるまで待つのだろう。話してくれるかもわからないけれど。
「直人くんが透花ちゃんを気にかけるのも、わたしと似てるからだと思うから」
もちろん、顔とか性格が似てるとか、そんなんじゃない事はわかった。
境遇だって違うだろう。
「助けてほしいけど、そうじゃなくて、直人くんみたいになってほしくない。直人くんはお人好しだから、健くんには優しい人になってほしい」
お人好しと、優しい人。
今の僕にはその違いがよくわからない。
お人好しだから、優しい人なんじゃないのだろうか。
じゃないと、僕はあの時直人さんに助けられていない。
「健くんは、ちょっと直人くんに似てるから心配なんだよ?」
「……似てますか? 直人さんに?」
「似てるよ〜。捻くれてるところとか」
「まあ、捻くれ者なのは認めますけど……」
複雑な気持ちである。
直人さんみたいに何でもできるわけじゃない。
でも捻くれ者であるのもたしかである。
認めたくないの方が気持ちとしてはなんか強い。
「健くん」
「はい」
「もしも、直人くんが間違った事をしようとしたら、止めてあげてほしい。健くんのわがままでもいいから」
陽向さんの言う「間違った事」が、どんな意味なのかは想像も付かない。
そしてそれを止めれるとも思えない。
「難しそうですけど、やってみます」
「あ、もちろん無理は絶対ダメだよっ。高校生だし」
「それは
直人さんは優秀な人なんだと思う。
それで僕は、ただの高校生。
なんならただの子供だ。
「今の僕はただの学生なので、若気の至りで直人さんを振り回してやりますよ。いつも手のひらで転がされてますからたまにはね」
「うんうんそうだよっ。直人くんが困るくらいしてやっていいよ! いっつも澄ました顔でなんでもそつなくこなすから、たまには困らせてもいいんだよっ」
旦那に対しての可愛い愚痴だと思った。
愚痴のわりには悪意がない。
むしろ惚気話にすら聞こえる。
「ごめんね、話し込んじゃって」
「いえ。直人さんの話も聞けましたし、面白かったです」
「直人くんには内緒でお願いねっ」
「はい。言いませんよ」
ほんとこの人いちいち
そんな顔でお願いされなくても話したりはしない。
直人さんが護りたくなるのもよくわかる。
「では、また学園祭で」
「うんっ。楽しみにしてるからね」
生まれ変わりだとか、前世の記憶だとか。
そんな眉唾物の話を聞かされたにも関わらず、結局はただ惚気話を聞かされただけの事だった。
それを嘘だと決め付ける気もしない。
スピリチュアルと
不思議な気持ちだった。
「……って言っても、僕になにができるのやら」
学園祭で、なにかが起きるかもしれない。
それは
むしろ杞憂であってほしい。
何事もなく、学園祭を終えたい。
そう思いながら家へと帰った。
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