第128話 レッツ冨次ハウス③

「それにしても留愛先輩、今日はよく喋りますね」

「むっ。……まあ、そうね」

「学校でもそうしてればいいのに」


 会話の内容の8割が愚痴だが、いつになく喋る留愛先輩は活き活きしている。


「……さっきも言ったけど、冨次って呼ばれる度にイラつくのよ。だから周りに誰も寄り付かない」

「じゃあ、「あたしは留愛☆ 今日からそう呼んでねっ♡」とか教室で叫んでみるとか」

「絶っっっ対に嫌よ。きもちわるっ」

「冨次って呼ばれるのが嫌なら仕方なくないですか?」

「もしくはとつぐかよね」


 まあでも、留愛先輩の家は上級階級の間ではわりと有名らしい。

 色んなしがらみがあるのだろう。


 この高校に入学したのも、親との関わり合いを少しでも遠ざけたくて入学したらしい。

 調理部が無いから、逆に自分で創ったら色々と楽でもあるという考えもあるとかないとか。


「留愛先輩は、調理部員からはなんて呼ばれてるんですか?」

「……師匠、先生、シェフ……」

「かっこいいじゃないですか」

「今あんた絶対バカにしたでしょっ?!」

「いやいや、僕も一応お師匠と呼ばれている専業主夫ですからバカにしてませんよええ」


 冨次シェフ、とか言われてるんだろうなぁ。

 いや、冨次とは呼ばれたくないからシェフってそのままだろうか。


「部員は基本良い子たちなんだけどね……。どうしてもなんか、ちょっと距離はあるわよね」


 頬杖を付きながら窓の外を眺める留愛先輩。

 せめて部員たちと仲良くなれていたら、先輩は渡り廊下で1人寂しく食事をすることもなかったかもしれない。


「ま、約1名の部員はろくに顔も出さない幽霊部員でしかも生意気だけど」

「幽霊部員なのに生意気なのは大変ですね」

「あんたの事よっ!!」

「いいじゃないですか、そういう契約ですし」

「……ちょっとくらい顔出して部活してくれてもいいじゃない」


 いじけたおちょぼ口になって言われても忙しいので仕方のない事なのである。

 というか女子しかいない部活に僕1人が居て仲良しこよしで料理はやりづらい。


 そもそも僕は留愛先輩以外の部員とあまり接点がないし。


「専業主夫は家事と学園祭の準備と生徒会で忙しいんですよ」

「今こうして私とまったりしてるじゃないの!」

「まあ僕、今日は先輩から古着を頂戴しに参っただけなんですけどね」

「…………そうだったわ。忘れてた」


 僕も先輩と料理食べてた時はいっしゅん忘れてたけどね。

 先輩は自室に行って古着の入った紙袋を持ってきてくれた。


「はい。中学の頃の服もあるからサイズは違ったりするけど」

「ありがとうございます」

「嗅いだりしないでよね」

「どんだけ留愛先輩の中で僕は変態なんですか全く」


 流石にそんな事はしない。

 罪悪感とか色々ありそうだし、それをしてしまったら留愛先輩から目を逸らしがちになりそうな気がする。


「まあどのみち嗅ぐまでもなく僕らの衣装担当に引き渡すので問題ですよ」

「あっそ」


 目的も達成したことだし、今日はもう帰ろう。


「では留愛先輩、今日はご馳走様でした。美味しかったです」

「もう帰るわけ?」

「ええ。夕方には妹たちも帰ってくるので夕飯の準備とかお買い物に行かないといけませんから」

「そう」


 ムスッとした表情ではあるが、なんかちょっと寂しそうな留愛先輩。気のせいだとは思うけど。


「その……今日は愚痴ばっか言っちゃってたけど、次は料理の話とかいっぱいしたいから、また呼ぶわ。料理の話だけは合うから」

「はい。その時はまたお願いします」


 僕と留愛先輩の料理のジャンルで言えば違う。

 けれど、先輩ほどではないが多少の知識は僕にもある。


 共通の話ができる知人はたしかに有難い。


「今度時間ある時とか、あったら教えなさいよね」

「わかりました」

「じゃあね。また学校で」

「はい。学校で」


 門に寄りかかり、汐らしく手を振る留愛先輩。

 料理対決をした時の第一印象から、まさかこんなことになるとは思っていなかった。


「不思議なこともあるもんだな」


 次はどんな料理を食べれるのか楽しみにしながら帰路へと着いた。

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