第126話 レッツ冨次ハウス①

「……ここが、冨次先輩の家か……」


 デカい。とにかくデカい。

 屋敷みたいな家だ。


「冨次先輩のイメージからして、大きい家にしてももっと洋風なイメージだったんだけどな」


 家の門からは両側に長く白い壁が延々と続き、門の上に見える屋根は時代劇で見るようなごつい瓦が鱗のように並んでいる。


 東京に来てからはアパートやマンションくらいしか見ていなかったので、物珍しく感じる。

 観光もあまりしてこなかったから、より珍しく感じるのもあるだろう。


「いらっしゃい。本部」

「こんにちは。冨次先輩」

「古臭い家でしょ」

「この家を古臭いと表現するなら、僕らの住んでる賃貸は犬小屋ですね」

「そういう見方もあるわね。失礼したわ」

「いえ」


 和風な家と玄関からは一瞬場違いな姿にも見える冨次先輩の私服。

 僕の完全な偏見である為仕方ないのだが、こんな家から出てきそうな人ははかまとか着物とか着てそうだよな。


 冨次先輩の服はイチョウ色のスキニーパンツに白のワイシャツ、ピンク色のニットセーターである。

 いつもは赤い髪をポニーテールにしている冨次先輩だが、家は髪を纏めずにそのまま下ろしているらしい。

 いつもとは違う雰囲気に色っぽさを感じた。


 冨次先輩のスタイルの良さがスキニーパンツとニットセーターで強調され、細い足と大きな胸、そしてくびれのラインが綺麗に出ている。


「私の離れがあるからそこに案内するわ」

「離れなんてあるんですか、すごいな」

「お母様に頼んで造ってもらったのよ。親父と顔を合わせる度に色々あるから面倒で」

「……そうですか」


 色々あるんだなぁ。

 てか僕の周りの人、家庭環境に色々ある人ばっかりじゃないか? いやまあ僕もだけどさ。


「時代劇みたいです」

「古臭いだけで、良いもんじゃないわよ」


 砂利道を冨次先輩に続いて歩く。

 素人目で観ても美しいバランスの盆栽。

 整えられている木々。

 鯉たちが泳ぐ池。


 東京の住宅街の中のわりかし高級住宅街であるこの地区にこんな敷地の家がある冨次先輩の家。

 どんだけ金持ちなんだよ。

 まあ第一印象の時からお嬢様っぽい感じはしたけども。


「ここが私の離れ、で実質家」

「……ここだけ異質に現代的な離れ、ですね」

「和風なのがあんまり好きじゃないのよ。さっさと入りましょう。寒い」

「で、ではお邪魔します」


 離れ、というわりに普通に一軒家くらいの大きさあるんですが、冨次先輩……

 なんだろう、外から見ただけでパッと見3LDKとかありそう。


 贅沢過ぎるぜ、冨次先輩。


「冨次先輩、大したものではないですが、どうぞ」

「ありがとう。……考えてみれば、私の離れに来るのはあんたが実質初めてだから、差し入れも初めてもらった気がする」

「……そうなんですね。それはよかった」


 冨次先輩、友だちいないもんな。

 普段から人を呼んだりしないのだろう。


「とりあえず、リビングに座ってて」

「はい」


 リビングもすでに普通の一軒家のリビングみたいな広さでくつろげる空間。

 そしてリビングから見えるシステムキッチンに僕は心踊った。

 リビング越しからでも見える大量の瓶詰めされた調味料たち。


 慣れた手つきで赤髪をポニーテールにしてエプロンを付けてキッチンに立つ冨次先輩。

 なんだろう、この人妻感……

 なんかえろいな。


「暇ならゲームとかしてて待ってて良いわよ」

「あ、あの、冨次先輩」

「何?」

「ちょっとだけ、キッチン見せてもらっていいですか?」

「……良いけど、あんま触ったりしないでよね?」

「大丈夫です。そこら辺はわきまえてますから」


 整理整頓されているキッチンには汚れ1つ無い。

 機能美溢れる棚や引き出しや最新のオーブン。

 パッと見でもわかる調理器具の多さ。

 離れなのにコンロが3つもあるし、大きな冷蔵庫まである。


 そしてキッチンに立つ冨次先輩が、迷うことなくスムーズに次々と調理をしていく姿からこのキッチンの利用頻度がわかる。


「そんなに見て面白い?」

「はい。このキッチンを大事にしてるのがわかりますから」

「……そ。あんた、中々良い目をしてるわね。褒めたげる」


 つんつんな表情をしている冨次先輩だが、どうやら自分のキッチンを褒められるのは嬉しいらしい。


「本部、そんなに暇なら手伝って」

「いいんですか?」

「まあ、あんたなら良いわよ」

「ありがとうございます」


 僕は手を洗って常に持ち歩いている腰巻きのエプロンを取り出してキッチンに立った。

 なんだろうか、テンション上がってきた。


 良いキッチンか、憧れるな。


「じゃあこれの下ごしらえしてちょうだい」

「了解しました」


 切れ味抜群で使い込まれた包丁に、普段から手入れをしているのだとすぐにわかった。


「これ、ちょっと味見してみて」


 掬われたソースを僕の口に運ぶ冨次先輩。


「美味しいですね。ライムの風味が感じられる爽やかなソース」

「……ライムは隠し味だったのに……」


 カルパッチョに掛けるソースらしい。

 少し悔しそうにしながらも自分でも味を確認する冨次先輩。


「余計なコメントしてすみません」

「ま、作りがいのある後輩だから許したげるわ」

「それはどうも」


 どこか不服そうな冨次先輩だが、隣で料理の手伝いをするのは継続らしい。


「てかあんた、何私より背が高いのよ、鬱陶しいわね」

「そんなに男子平均的には高くないですよ」

「なんかムカつく」

「まあ、冨次先輩は女子ですし、いいんじゃないですか」

「良くないわ。あんたに舐められたくないもの」

「舐めてないですから安心して下さい」

「存在がすでに私を舐めてるわ。もうちょっと縮みなさいよ」

「……こ、こうですか?」

が高いのよ。それでいいわ」


 僕を見下ろして微笑む冨次先輩、いい性格してるなぁ……


「この体制疲れる」

「あっ! なに元の姿勢に戻してるのよっ!! もっかい縮みなさいよ!」


 両腕が塞がっている為か、冨次先輩に腰で攻撃をされた。

 キッチンで刃物使ってるんだから危ないな。

 まあ、僕も冨次先輩も料理は慣れてるから問題はないとは思うが。


「やっぱ先輩を見下ろせるのはこころなしか良い気分ですね」

「……生意気な後輩ね……」

「すみませんでしたお許し下さい」


 ふんっ! と怒りながらも料理を続けた。

 それでも無駄のない調理と、僕も知らない調理法を間近まじかで見せてもらえたのは有難かった。


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