第125話 冨次先輩の認識。

「……」

「……」


 冨次先輩も僕も、無言でお弁当を食べる。

 夏の気配ももうすっかり消え失せて、少しばかり肌寒い中、なぜ僕らは好き好んで外である渡り廊下でお昼ご飯を食べているのだろうか。


「あ、そう言えば、うちのクラスの学園祭での演し物の話ってしましたっけ?」

「いえ、聞いてないわ」

「うちのクラス、メイド喫茶に決まりました」

「……うわぁぁ……」

「いや僕の趣味嗜好じゃないですからっ!! クラスメイトの総意ですよ……」


 ゴリ押しで総意にした百合夏の趣味嗜好なので、引かれてしまうのも仕方のない話なのかもしれない。


 でもまあ、みんなが楽しめてればそれでいい。

 みんなの不満が堪らないようなものであれば僕としてはなんでもいいのである。


「でも本部がいるんだから、料理はちゃんとしたの出すんでしょ?」

「どうでしょうね。生徒会ですし、僕」


 メイド喫茶というイメージから連想される最も売上の多そうな料理はオムライスである。

 そしてオムライスであれば、天使さんがいれば問題ないだろう。


 チキンライスにふわとろオムレツ乗っけて真っ二つに切れ目を入れたら簡単にふわふわオムライスの完成である。


 メイド服を着せた天使さんに目の前で料理させたら客はアホみたいに釣れるだろう。

 下ごしらえさえしっかりしてればどうとでもなる。


「あんたがいないなら勝負する意味ないじゃん」

「なら天使さんと勝負してはどうですか? 一応、僕の弟子? ですし」


 冨次先輩ってなんなんだ? サイヤ人なのか?

 戦闘民族ばりの勝負好きじゃないか。


「天使さん、もう僕とそんなに料理の腕とか変わんないですし、調理部加入の時の料理対決でも実質負けてるじゃないですか。いいリベンジマッチでしょう?」

「うるさいわね。あの子には負けてないわよ。あんたに負けたの! ムカつくわね」

「……今天使さんの真剣勝負したらわかんないですよ〜」

「絶対負けないわよ」


 いい勝負するとは思うんだけどな。

 まあ、天使さんはまだ料理経験自体の時間は浅い方ではある。

 品数や細かな知識では僕も天使さんも冨次先輩には当然勝てないだろう。


 でも僕は別に料理ガチ勢ではない。

 天使さんが今後、もっと料理をしたいというなら、冨次先輩と一緒に料理の勉強をしていく方がどっちにしろいいだろう。


 僕はあくまで、ただの専業主夫なのである。


「でもそうなのね。せっかくならあんたの執事服姿でも拝んで笑ってあげようと思ったのに」

「いや、執事服は予算的に無理ですね」

「あんたの執事服見れないなら意味無いわね」

「笑えなくて残念ですね」

「ええ全く」


 表情ひとつ変えずにそんなことを言う冨次先輩。

 どんだけ僕の事バカにしたいのだろうか。

 てか僕嫌われ過ぎてないか?


「せっかくなら冨次先輩もメイド服、着てみます?」

「はあっ?! 着ないわよ! 恥ずかしいじゃない」

「案外似合うかもしれませんよ」


 先輩のキャラから派生して給仕をさせるとするならば、ツンデレメイドだろうか。

 冨次先輩に「なんで来たの? 犬のエサでも喰ってれば?」とか百合夏辺りは言わせそうである。


 それはそれで需要はありそうだ。


「…………まあ、大勢に見られるのは嫌だけど、あんただけならまだマシかもね」

「そうですね。その場に僕だけなら叩いても問題ないでしょうからね」

「さ、さすがに叩いたりはしないわよっ」


 良かった。暴力反対。痛いの嫌なので。


「あ、冨次先輩、もう着なくなったワンピースとかあります?」

「急になに? 私の私物が欲しいわけ? 何? 匂いフェチなの?」


 自分の胸を抑えながら顔を赤くして怒るのやめてください僕は変態ではありません。

 冨次先輩はなんなんだ?

 僕はそんなに冨次先輩の中で変態キャラで通ってるのか? 不服だ全く。


「違いますよ。メイド服の制作にワンピースが欲しいだけです。冨次先輩の匂いの染み込んだ服を嗅ぎたいとかじゃないですから」


 メイド服の構造としては、ワンピースにエプロン、そしてカチューシャである。


 エプロンは市販の安物、または中古で仕入れて手を加える方向で、カチューシャは完全自作。

 ワンピースはベースとなる衣服であるが、シンプルであれば問題ない。


「…………あっそ。まあ、何着かあった気はするわ。今度持ってきてあげてもいいわよ」

「それは有難いです。いや、でも僕が学校で受け取ると……変態認定されそうだなぁ……」

「男なんてみんな変態でしょう? いいじゃないの」

「全然よくないですから!!」

「変態は否定しないのね」

「日本のHENTAIはもはや文化ですから」


 日本アニメの興行収入などを見てもそう言わざる得ないだろう。

 うん、そうだ。仕方ないことなんだよきっと。


「まあでも確かに本部が私の服を嗅いで興奮する変態だと広く認識されるのは私としても恥ずかしいわね」

「恥ずかしいのは9割僕ですよそれだと。冨次先輩はあくまでその場合被害者ですよ」


 メイド喫茶の為に加害者になるつもりなんか無いぞ僕は。

 まだ高校生活始まって半年なんだぞ。

 平和に過ごしたいんだよ僕は。


「本部、あんた次の休み、私の家に来なさい。それなら問題ないでしょ?」

「分かりました、けど、いいんですか?」

「べつに、本部だしいいわよ」

「そうですか。では伺わせて頂きます」

「首洗ってお腹空かせて来ることねっ」

「……ご馳走になります」


 首洗う必要なくないか?

 たぶん先輩なりの優しさなのかもしれんけど。

 冨次先輩、わかりにくいんだよなぁ。


 にしても先輩の家って、どんなんだろうか。

 ちょっと気になりはする。

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