第120話 わからない。
直人さんとの話を終えて僕はスーパーで買い物をしながら考えていた。
考えたところで、どうにかできるわけもない。
結局できる事と言えば、黒須さんの為に料理を作ることくらいしかない。
「おう、本部」
「見明さん、お疲れ様です」
売り出していたキャベツを補充していた見明さん。
疲れているのかこころなしか元気は無いように見える。
「最近どうだ? 生徒会とか忙しそうだけど」
「まあ、そうですね。そこそこ忙しいです」
同じクラスであるが、最近はみんなとあまり話をしていないことが増えた。
学園祭の準備や生徒会の仕事があるので仕方ないわけだが、僕は意図的に天使さんたちと少しだけ距離を置いている。
それでも比較的に関わり合いが桃原と黒須さんくらいだ。
黒須さんに関しては毎日なんだかんだで料理を振舞っているわけだし、そりゃそうだ。
「ウチ、これ補充したらあがりなんだよ。ちょっと話さないか?」
「ええ。いいですけど」
「悪いな」
「いえ」
正直、あまり見明さんと1対1で話すのは得意じゃない。怖いし。
悪い人じゃないし、姉御肌的な雰囲気や接し方はむしろ楽な方ではある。
品物を補充し終えた見明さんにその辺を
「こういう時、スーパーでバイトしてるクラスメイトとかいると学園祭では助かるんだよなぁ」
メイド喫茶に決まったうちのクラスだが、ダンボールを切ってどうこうというのは何かと必要である。
衣装は黒須さんを始め手芸部所属の生徒が何名かいるのでどうにかなる。
メニューも問題はない。
あとは内装である。
まあ、内装は過去に行われた出し物の備品や百均で間に合いそうなのでそちらも問題はない。
「……問題は食材なんだよな……」
直人さんに食材を提供できる人がいるかどうか聞くのを忘れていた。
まあ、そんなにメニュー豊富ではないし、なにより2日間しか営業しない。
後夜祭を含めても3日である。
丁度いい仕入れが出来ればいいのだが。
「待たせたな」
「お疲れ様です」
パーカーにスキニーパンツがシンプルに似合う。
スタイルの良さと長い銀髪が仕事終わりの見明さんを引き立てている。
「この時間のあがりだと、食材とかまだ残ってるから有難いんだよな」
「見明さんも立派な主婦ですね」
「まあな」
世の中、見明さんみたいに小さい妹の面倒を見たりご飯をしっかり与えたりする女子高生もいれば、育児虐待をする成人女性もいる。
お互いに生活に余裕があるわけではないが、それでも比較的豊かな暮らしと言えなくもない。
「本部のお陰で最近は自分でも料理が少し上手くなったよ」
「それは良かったです」
買い物を終えて途中まで一緒に歩く。
マイバッグを抱えて2人で歩く高校生。
「そいえば最近天使ちゃんが寂しがってたぞ。料理教えてもらえないって」
「それは申し訳ないです。でもまあ、もう教える必要は無いくらいに料理上手なんですけどね」
実際、天使さんはもうほとんど僕と料理の腕は変わらない。
あとは自分でやって経験を積んでいけばいいだけだ。
基礎は十分出来ている。
「そういうんじゃなくてさ」
見明さんはそう言って足を止めた。
空気がピリ着くのを感じた。
「本部と一緒に料理したり教えてもらえるのが楽しいんだよ、天使ちゃんは」
焦れったそうにイラついている見明さん。
なぜそんなに怒っているのか。
「それはまあ、僕も楽しかったですよ」
「じゃあなんで」
なんで、と言われても困る。
言い訳はたくさんある。
生徒会で忙しいから。
家事で忙しいから。
黒須さんの事があるから。
真乃香さんとの事だって、無かったことにしたから。
考える事が多すぎる。
「僕は天使さんの料理の師匠、天使さんは弟子。それだけです」
憧れているだけでいい。
それもぼんやりと眺めていられればそれでいい。
どうせ手が届かないのだから、ただ眺めていられればいい。
そうしてやるべき事をやっていればいい。
「お前それ、本気で言ってんのか?」
「間違った事は言ってない」
嘘は言ってない。
直人さんから習ったことだ。
「……そうかよ」
それだけ呟いて見明さんは足早に帰っていった。
どうして見明さんはそう思うのだろうか。
僕にはわからない。
僕と天使さん・見明さんでは住む世界が違う。
それは国同士の考え方の違いみたいに全くの別物と言っていい。
天使さんと見明さんが豊かな国だとすれば、僕は貧しい国。
こういう表現は宜しくないかもしれないが、概念や常識がそもそも違う。
無くなるくらいなら、要らない。
「……晩御飯、何を作ろうか……」
今日1日ですでにくたびれたが、それでも家事は残ってる。
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