第107話 事なかれ主義。
「よし、できた」
夏休み最後の日。
することもなかったのでとりあえず料理を作った。
高校生男子が夏を満喫しないのはどうなんだろうと思わなくもないが、これが僕にとっての日常だったのを思い出した。
「写真もアップしたし」
天使さんと料理をするようになってからはずいぶんと更新頻度の落ちてしまったインスタ。
今回はしっかりスイーツも作って一緒に投稿してある。
なかなかの出来である。
「作ったはいいけど、まだ2人とも帰ってこないからなぁ」
ラップを掛けて冷蔵庫に保存。
「そうですよね、早く帰ってきてくれないと私も本部さんの作った料理を食べられません」
「音もなく背後に忍び寄るの止めてね?」
「すみません。盗撮をしようとしていたのでつい」
「つい、じゃない。あと盗撮は日常的に使われるワードじゃない」
「すみません。私にとっての日常でした」
「探偵助手さんですもんね」
こんなやりとりをわりと真顔でする黒須さんなのだが、今ではすっかり慣れてしまっている自分がいる。
事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものである。
「黒須さんは夏休み最後の日にも僕の家に入り浸っていますけど、誰かと遊びに行ったりしなかったんですか?」
「いえ、とくには」
することもないので紅茶を入れてリビングで2人ゆったりと千佳たちの帰りを待つ。
「夏祭りで十分堪能しましたし」
「最後はああなっちゃいましたけどね」
「その件ですが、あのゴミ共の身元を特定しました」
「いやしなくていいから! なにしてんの?!」
てか東京に来てからの小学校の頃の同級生である。
なにかあったら困るのは結果的に僕である。
「報復はしなくていいのですか? 私としては八つ裂きに」
「だからしなくていいって」
怖い。怖いです黒須さん。
直人さん、ほんとに黒須さんと僕をくっつけようとしてるのかなぁ……
なんか色々と不安なんだが。
いや顔はとても美人だし頭も良いし、文句の付けようがあまりない人物の1人ではある。危なっかしいところ以外は。
「私からすれば、本部さんの作った焼きそばを踏みつけるという行為は万死に値するのです。なんならあのゴミの舌を引きちぎってやりたいくらいです」
「怒ってくれるのは有難いけど、そういうのは別にいいから。慣れてますし」
「そういうの、慣れていいとは私は思いませんけど」
珍しくまともな事を真剣な顔で黒須さんが言ったのでびっくりしてしまった。
「何事もないのが1番なんですよ」
「すでに何事になってるじゃないですか」
「僕にとってはあれが普通なんですよ。だから気にしないで下さい」
バタフライエフェクトである。
まあ、そこまで
今こうして黒須さんのお茶をしているのだってそうだ。
天使さんに料理を教えることになったのもそうだ。
インスタなんてやってたからこうなっている。
でもこれは自分の趣味である。
だから最低限の予期せぬ影響を受けるのも仕方ない。
小学生の時のあいつらだって、僕が違う行動をしていればここまでバカにされることも無かったかもしれない。
それでも結果的に五体満足なのだから、それでいい。
事なかれ主義でいい。
特別な事なんて、無くていい。
「ただいま〜」
「お腹空いたぁ〜」
「おかえり」
「ふたりとも、おかえりなさい」
ふたりとも同時に帰ってくるとは思っていなかったが、これ以上待っているのも辛いので助かった。
……まあ、未だになんとなく真乃香さんとは気まづいけど、真乃香さんは以前と全く変わらずに接してくる。
接してくるというかベタベタしてくる。
それが今は有難い。
「じゃあ、夕飯にしますか」
3人とも椅子に座ってガールズトークをする中、僕は夕飯を温めた。
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