第88話 沖縄デート①
「デート、だね。本部くん」
「……デート、ですか」
バスに揺られながら楽しそうに外を眺めていた天使さんがニコニコ笑顔でそう言ってきた。
天使さんとデート、というのは世の男子にとってはこの上ない喜びだろう。
「まあ、海外の概念で言う「デート」は主に男女が気軽に遊びに行ったりする事を言うので、この状況は間違ってはいないですね」
「べつにそういう事いいじゃん。本部くんと遊びに行くの楽しみにしてたのに」
「僕みたいなモブキャラには荷が重いんですよ、こういうの」
美少女と
類義語があるとするならば「美女と野獣」が近いだろうか。
存在感的には野獣の方が圧倒的に強いだろうし、上位互換だな。
「本部くんはモブキャラじゃないし」
「小学校6年生の頃のあだ名が「モブ」「モブ太郎」「おいお前」「えーっと……」の僕は立派なモブキャラなんですよ」
インスタの「背景モブ太郎」のモブ太郎はかつてのあだ名を皮肉混じりに付けたものだ。
「べつにそういう事を言わなくていいの。あたしは本部くんとデートがしたかったの。だからモブとか言わないの」
「……はい。頑張ります」
「という事で本部くんは今日1日あたしのか、彼氏に任命します!」
「……無理です。死んでしまいます」
「一気に目が死んでくのやめて! そ、そんなに嫌、かな……?」
「単純に周りの目が耐えられないのでそれは勘弁して下さい」
百歩譲って正式にお付き合いとかしてるなら割り切って隣を歩くだろうし、歩けるだろう。
ましてやここには同級生はいない。
だが、こういうのは割り切ってできるものではない。
ノリとテンションのままに天使さんが「1日彼氏」とか言ってるだけだろうし、急にそんな彼氏ズラとかできない。
「…………周りの目とか気にしなくてもいいのに…………」
ぼそっと呟きながらまた外に目をやる天使さん。
「そろそろ着きますね」
「そっか。じゃあ降りないとだね」
沖縄国際通り。
ここに観光客を連れてくれば大抵は満足してもらえる名所である。
車などの移動手段があるなら美ら海水族館とかも行ったりできるが、高校生である僕では無理。
「エイサーの女の子の衣装、早く着たいな〜」
「ここはたしか、主に
「琉装……なんかかっこいい」
「どうしますか? 早速入ります? それとも後にします?」
「うーん、どうしよ。お楽しみにとっておきたい気もする」
「天使さんはショートケーキの苺は最後に食べるタイプなんですね」
「もちっ!」
サムズアップからのドヤ顔。
眩しい笑顔だった。
「あっ! 本部くん見て見て! 豚の頭!」
天使さんのテンションが急に爆上がりした先にはチラガーが店頭に並んでいた。
「チラガーですね」
「本部くんテンション低っ!!」
「いやまあ、インパクトはあるのでしょうけど、僕は沖縄人ですし、美味しそうだとも思ったことはないのでなんとも」
「たしかにそだね。ちなみになんでチラガーっていうの?」
「チラガーのチラは顔、ガーは皮の事で、まとめてチラガーとそのまま呼ばれてます」
沖縄の方言はあんまり綺麗じゃない。
ヤンキー同士がケンカしたりした時に言う文句で「やーのチラよ」とか言ったりする。
「やー」とは「お前」であり、お前の顔が○○みたいな時に使ったりする。
単に汚れてる時にも言ったりするのだが、標準語に慣れている僕ら世代だと
その為、僕にはチラガーと呼ぶ豚の顔も悪口に聞こえる。
「本部くん、チラガーと写真撮りたい!」
「……わかりました」
物好きだなぁ。
でも天使さんや県外観光客からしたら珍しい物なのだからそうなるのが自然なのかもしれない。
「豚のお目目って結構可愛いよね」
「可愛いかどうかで見たことはなかったですが、たしかに優しそうな目はしてる気がしますね」
撮影した写真を見て天使さんは微笑んだ。
その後も国際通りのあちこちを周り、楽しそうにはしゃぐ。
面白そうなものを見つけては天使さんに手を引っ張られていく。
「あ、これ知ってる。しぃーさぁだ」
「シーサーは沖縄の守り神みたいなものですね。魔除けをしてくれます」
天使さんが手に取ったのはシーサーのストラップ。
普段は
2つで1つのストラップとなっていて、片方のシーサーは口を開けている。
「可愛い」
シーサーのストラップを手に取り眺める天使さん。
買おうか迷っているのか、今度は値段とにらめっこを始める。
さきほどからあれやこれやと買いまくっている為、お財布と相談中らしい。
「そういえば天使さん、誕生日近かったですよね。せっかくなのでプレゼントしますよ」
「え、あ、いやそれは……悪いよ」
「気に入ったんでしょう?」
「う、うん」
「じゃああげますよ」
「ありがと」
僕は購入したストラップを天使さんに手渡した。
サプライズとか苦手だし、それに彼女というわけでもない。
大した事はしてあげられないから、せめてこれくらいはいいだろう。
「じゃあ、片方は本部くんが持ってて」
「いや、僕は」
「お師匠と弟子。半分こ」
口を開けている方のシーサーを僕に渡してきた天使さん。
「ん」
「わかりました」
「大切ににするね。ありがと、本部くん」
「はい」
ロマンチックの欠片もない、ただのプレゼント。
それでも嬉しそうにしてくれる天使さん。
些細な事でも喜んでくれる天使さんを見て僕も少し嬉しくなった。
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