第89話 沖縄デート②

「いざっ!」


 国際通りを観光し、いよいよ本命の店へと入店する。

 天使さんの楽しそうな顔をそばで見ているだけで僕もなぜか嬉しくなった。


「綺麗な衣装がたくさん!」


 目を輝かせて店内を見渡す天使さん。

 本来の目的はエイサーの衣装だったが、色鮮やかな琉装に心奪われている。


 このお店は特殊な店らしく、基本はフォトスタジオなのだが衣装レンタル・販売などもしているらしい。


「うわぁ〜。やっぱ高いね」

「まあ、琉装は沖縄のウエディングドレス的な感じでもありますし」

「結婚式にこれ着るってこと?」

「着たりもするらしいですね。僕は結婚式に参加した事はないので実際に着てる人を見たことはないですけど。キリスト式のウエディング、和式、琉装。色々ですね」


 日本の中でも文化がごちゃ混ぜな沖縄の文化。

 琉球は争わず、持て成し、受け入れる。

 アメリカや日本の文化も受け入れて今に至る。


 そもそも日本自体も宗教や様々な文化を受け入れる価値観や寛容さから文化や技術を発展させている国である。

 衰退しつつあるとはいえ、こう言った文化や価値観がいずれ新しいものや技術を生み出してくれると個人的には思っている。というかただの願望だが。


「琉装で結婚式かぁ……」


 マネキンに着せられた琉装を眺めながら想いを馳せる天使さん。

 女性はやはり結婚式には何かしらの憧れがあるのだろう。

 男としては、金が掛かるなぁとかしか思わない。

 家計を気にする学生としてはより一層金、金、金である。


 世知辛い世の中に夢を抱くことがなくなってしまった自分が悲しい。

 もう少しだけでもバカな事の一つくらい言える人間のままでいたかったな。仮面ライダーになる! とか漫画家になる! とか平然と言える性格に。


「ご試着されますか?」

「は、はい!」

「天使さん、時間的には試着できても一着くらいですよ、たぶん」

「そうなの?」


 琉装などがどれくらい時間が掛かるかは知らないが、ショッピングみたいにたくさん試着を簡単にできるものではなさそうだ。

 琉装も着物のように帯がどうとか何かしら手間のかかりそうな服装みたいだし。


 そもそもはエイサーの衣装が目的。

 だがこの店は琉装を扱うのが一応本命である。

 エイサー衣装を着ての撮影コースはない。

 閉店時間を考えれば琉装を着るか、エイサー衣装かである。


「そうですね。当店はフォトスタジオもありますが、撮影などもご希望でしたらメイクなども必要ですし」

「う〜ん。がっつりプロのカメラマンさんに撮ってもらうつもりはなかったんだけど」

「学生さんを対象の撮影プランもありますので」

「ちなみにおいくら?」


 学生を対象とした割引料金があるらしい。

 琉装に興味を持つ若者が減っているらしく、気軽に琉装などに触れてもらいたいという考えかららしい。


 割引料金のコースもレンタルして観光や撮影と複数プランがある。

 しかもわりと安い。


「まあ、天使さんの好きにしたらいいんじゃないですか? 僕は着ませんし」

「カップルプランだとさらに割引料金にできますよ。彼氏さん」

「いえカッ」「カップルプランでお願いします!」


 否定しようとするも天使さんが腕を掴んで強引にカップルプランを選択した。

 プラン的には安いが、それでも学生には高いんだぜ、天使さん……


 しかし僕の心の内は蚊帳の外で琉装についての話は勝手に進行していく。


「…………ママにメッセしとかなきゃ…………」


 財布の中身思い出して慌ててるじゃん、天使さん。

 どんな交渉してるんだろうか。

 お小遣い制って大変なんだよな、やりくりとか。


「琉装するのはいいですけど、あの被り物はいいかな、僕は」

「頭の被り物はハチマキと言うものなのですが、ハチマキの色で身分が示されています。ハチマキは被らずに撮影される方もいらっしゃますが、多くの方は被られていますね」

「本部くん、着よう。そして一緒に写真撮ろっ!」


 ハチマキって布を頭に巻き付けてやるやつを想像したが、沖縄の琉装のハチマキは見た目はどちらかと言えば帽子だ。


 日本史的に言えば、聖徳太子が被ってるやつの上に伸びてるやつとしっぽみたいなやつがないバージョンと表現するのが近いだろうか。

 もっとも、聖徳太子のやつよりカクカクしているというか、帽子を上からみたら長丸で筒型っぽい感じ。


 少なくともわかるのは僕には絶対似合わないということだけである。

 クラスのモブが着ていい衣装ではない。


「こちらなどいかがでしょうか?」

「これ可愛い!」

「こちらも彼女さんにお似合いですね。むむむ。これは難しい」


 この店員さんノリノリじゃん……

 暇なのか、本来こういうのって予約して撮影とかするもんじゃないのか?

 今から衣装決めてがっつりメイクして撮影して大丈夫なのか?


 いやいや、そもそもあれだな。

 カップルで琉装ってまず結婚した人とかそういった人たち向けのやつなのでは?

 ますます僕が天使さんと一緒に着て撮影していいものじゃない気がする。


「では作業始めますね〜」


 僕の葛藤なども虚しく着々と琉装と撮影の準備は始まっていく。

 思ったよりも早く琉装は着ることができた。


 ……一般人どころかモブの僕が「撮影」なんて胃が痛い。

 早く帰りたい。

 天使さんと一緒に行くのを楽しみだと思ったはいいが、僕までこうなるとは思っていなかった。


「それでは撮影になります」


 立ち上がり、撮影場所に案内された。

 天使さんと目が合って、時が止まったかと錯覚した。


 赤と黄色を基調としたきらびやかな衣装。

 髪型も今風にアレンジされたロールアップでうなじが眩しい。

 加えて普段のギャルメイクとは違うメイクでガラリと変わった印象は上品さと色っぽさが際立っていた。


 花魁おいらんを思わせる美しさだが、上品さの方が上回っていて綺麗だった。


「彼氏さん、見とれてないで歩いて下さい」

「は、はい……」


 見とれていたけど彼氏じゃない。

 しかしそう訂正する間もなく撮影となった。


「もうちょっと近づいて下さい」

「あ、はい」

「腕組んでもらって」

「は、はい」

「笑って笑って〜」


 おい店員さん、なにニヤニヤしてるんですか、そんなにおかしいですか、胃が痛いんですよこっちは。

 隣にこんな美人居るんだぞ、息が出来てるだけ奇跡なんだよこっちはさ。


「お疲れ様でした」

「ありがとうございます!」


 疲弊している僕とは違いひどく楽しそうに写真データを見ている天使さん。

 素材はたくさん撮ったが、現像できる枚数などには料金的に限りがある。

 スマホにもデータとして貰えるが、それも選べる枚数は同じ。


 写真選択は天使さんに任せた。

 天使さんが選ぶなら酷い写真は流石に選ばないだろう。


 モブには撮影は向いてない。

 主人公にはなりたくないなと改めて思った。

 それでも楽しそうに選ぶ天使さんを横目に落ち着く自分がいた。





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