第86話 いつかのお礼①
海を堪能した冨次先輩たち調理部と生徒会は翌日である今日の朝にはもう空港へ出発した。
陽向さんと直人さんは黒須さんを連行してどっか行った。
見明姉妹は桃原を荷物持ちとしてお買い物へ。
千佳と真乃香さんは友達に会いにそれぞれ出掛けて今は僕と天使さんだけ。
「お昼ご飯……どうしようかな」
午後から天使さんと出かけるわけだが、2人だけの昼ご飯。
明日には僕らも東京に帰るという事もありお盆で作ったご馳走は食べ終えている。
その為料理を作らなければならない。
「そういえば天使さんにまだお礼してなかったんだよな」
以前看病してもらった時のお礼として聞いていた内容。
結果的には沖縄料理となったわけだが、天使さんにはまだそれを振る舞えていなかった。
「スーパー行くか」
「スーパー行くの? あたしも行きたい」
「いいですけど、別に普通の買い物ですよ?」
「本部くんと一緒に行くの楽しいし行きたい」
「そうですか」
専業主夫にとってはただのお買い物であり日課。
日課を楽しめるなら安上がりだなぁと思いつつ準備していざスーパーへ。
隣を歩く天使さんはTシャツにホットパンツ、キャップとスニーカーという格好なのだが、ギャル感がこころなしか増している気がする。
「お昼ご飯は天使さんへのお礼の料理です」
「お礼? ……ああ、看病の」
「はい」
買い物カゴを持ち店内を物色。
天使さんも楽しそうに店頭に並んだ商品を眺める。
「そか。楽しみ」
「まあ、ほんとにただの家庭料理ですし、なんならただの野菜炒めですけどね」
「あたしはそういうのも好きだよ。特別じゃないいつものやつとか。その人が普段食べてたのとか感じられて好きだな」
「天使さんは家庭的ですね」
「平凡なのが1番だよ」
僕の生活に金髪ギャルがいるのは平凡じゃないんだけどなぁ。
でも天使さんは商品を眺めながら、何処か少し遠い目をしていた。
これも天使さんの本質なのだろうと思った。
なにがと言われても答えられないけども。
「本部くん、あたしも一緒に作っていい?」
「……お礼ですから、できれば座ってて貰いたいのですが」
「……一緒がいいな」
「わかりました。弟子ですからね」
「うん!」
お礼をする為の料理なのに、手伝われては意味が無い。
けど、天使さんが楽しそうならそれでいいのかもしれない。
理屈じゃないのは知っている。
料理なんてのはエサの上位互換だ。
栄養さえ摂れればいいわけじゃない。
「沖縄だとスパムって安いよね」
「そうですね。向こうでは高いですけど、こっちではとりあえず常備してて損は無いって感じです」
「ポーク卵おにぎり美味しいよね」
「沖縄のはシンプルなやつですし、僕も好きですね。向こうだと味噌入ってたりツナマヨとかも入ってたりするので、美味しいけどなんか違うってなります」
日本の文化と沖縄の文化は違う。
日本は他国の文化を取り入れて日本式にするのが上手すぎるといつも思う。
味も、技術も、信じるものや概念さえも日本式にしてしまう。
これはきっと日本の良いところなのだろう。
「あとはお買い物です」
「今日のお買い物は早いね」
「献立決まってるとそうですね」
いつもは安い商品から逆算して献立を決める。
インスタに載せると決めている時はもう少しシビアに考える事もある。
だが今回の料理はただの沖縄の家庭料理である。
食材の価格はだいたいは安定しているし、めったに手に入らないものは使わない。
いやまあ野菜は高かったりもするけど。
「てかさ、沖縄のお米って美味しいよね?」
「あれはただお米炊く時に泡盛入れてるだけですよ」
「えっ! そうなの?」
「はい。美味しいでしょ?」
「ちょー美味しかった。なんか久々に白米だけで3杯はイける! みたいになった。沖縄バフかと思ったけど、泡盛だったのか〜」
「日本酒でも多少似たような効果はありそうですけどね」
「まじか、今度やってみよ」
教える事はもう無いなと思っていても、まだ意外とこういう事は教えられる事に不意に気が付く。
ころころと表情を変える天使さんと話すのは楽しい。
「本部くん、あたしも持とうか? お買い物袋」
「いえ、問題ないですよ」
天使さんが気を使って荷物を持とうと提案してくれるのは有難いが、お礼としての料理を作るのである。
せめて荷物くらいは持ちたい、という男としての意地。
「本部くんも男の子だもんね」
「そうですよ。知らなかったんですか?」
「知ってるよ〜」
隣を歩いている天使さんを見ていていつも思う。
こうして近い距離に居ても、手が届く気がしない。
僕は天使さんを女の子と認識しているが、同時にアイドル的な認識である。
天使美羽なんて初めから居なかった、夢を見ていた。
そう言われれば多分信じる。
そういう存在で、その存在が僕に対してどうも思っているかなんて想像もできない。
精々「ニンゲン」と認識してもらえていたらいいと思っていた。
一応「男子」とは認識してくれているという事に喜んでしまった。
しかしそれすら情けない。
「昨日のさ、直人さんが陽向さんをお姫様抱っこしてたのもそうだけどさ、普段は女装したりもする直人さんも自分のお嫁さんをお姫様抱っことか出来るんだなぁって思った」
すれ違った若い夫婦を横目に天使さんがそう言った。
「まあ、男女の肉体の性質的筋肉量から考えてできるのは不思議ではないですよね」
「おおぅ、全くロマンが感じられない考察だ」
「生憎ロマンチックな発言とかできないのでね」
ロマンチックな物事に憧れていられるような環境はなかったし、多分そういうものはだいたい捨ててしまった。
ロマンを求める奴はお買い得商品に目を輝かせたりはしないだろう。
「発言はできないかもだけど、料理はわりとロマンチックな感じすると思うけど?」
「ロマン……ですかね、どうだろう。拘ったりはしてますけど、プロのシェフみたいなはしてないし」
「ちょっとだけ背伸びしてる感じ?」
「……たぶんそれが近い、のかな? 抽象的ですが」
料理に拘るのは僕の生活の中での「無駄」だ。
無駄であるものに拘ったり、生産性や雰囲気、夢を大切にするのをロマンというなら、間違ってないのかもしれない。
まあ、16歳にはそんな概念を考察しきれる経験値なんてないから間違ってるかもしれないけど。
「じゃああたしと一緒だね。あたしも金髪なのはたぶんそうだし」
「そうですか」
金髪に染めるのはちょっとした背伸びなのか。
僕には無理な背伸びだな。
でも天使さんには感覚的にそうなのだろう。
「着きましたね。鍵……」
「あたし取ったげる」
「あ、でしたら右側のポケットに」
話しているうちに家に着いたはいいが、買い物袋で塞がった僕の両手の代わりに天使さんが僕のポケットに手を入れた。
滑り込む布越しのやわらかな熱に艶めかしさを感じてしまって一瞬焦った。
「よし、開いたよ」
「……ありがとうございます」
意識せずに了承したのもそうだけど、ちゃんと考えれば何も起きない事故である。
別になにもないけど。
最初の頃と比べて、天使さんへの警戒とか自意識が浅くなっている。
ちゃんとしないと、またダメになる。
そう思い僕はキッチンに立ってエプロンを腰に巻いた。
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