第85話 The・水着回③

 百合夏から逃げてドリンクの入ったクーラーボックスに手を突っ込む。


「久々にルートビア飲みたいな」


 ビールやらジュースが大量に入っている冷たい水に手が一気に凍えそうになる。


「さん♪ さん♪ さんぴん茶♪ さん♪ さん♪ さんぴ……」

「あ、天使さん……」


 謎のさんぴん茶の歌を歌いながらドリンクを取りに来たであろう天使さんと鉢合わせた。

 固まった天使さんの顔が徐々に赤くなる様子は見ていて痛々しいほどの茹でダコっぷりだった。


「…………き、聞いてた?」

「可愛い歌ですね」

「……ううぅ……」


 しゃがんで顔を隠す天使さん。

 赤い顔は隠せても金髪から覗く赤い耳までは意識はいっていないらしく可愛らしい。


 しゃがまれた事によって天使さんの胸も強調されて思わず目を逸らした。

 さっきの百合夏の話が頭の中でぶり返した。


「あ、あれですよね。下校中に誰も周りに居ないと思って鼻歌歌ってたら普通にクラスメイトが居て恥ずかしくていたたまれなくなるやつですよね」

「追い討ち掛けなくていいからっ! てか忘れて!」

「なんなら録音して目覚ましにしてもいいくらいのクオリティでした」

「罰ゲーム過ぎる!!」

「作詞・作曲 天使美羽。さんぴん茶の歌」

「や、やめて……」


 面白かったのでご所望のさんぴん茶を取り出して天使さんに差し出した。


「はい、どうぞ」

「…………ありがと…………」


 ジト目でいじけた表情をしながらもさんぴん茶を受け取る天使さん。

 少しやり過ぎてしまったと反省した。

 でもちょっと面白かった。


「さん♪」

「やめてってば!!」


 ぺしぺしと天使さんに肩を叩かれてしまった。

 これ以上は止めておこう。

 でも可愛いかったな。


 そのままふたりでみんなの所に戻ると陽向さんが砂浜に埋もれていた。


「見て健くん! ないすぼでぃー」


 おそらく精一杯のセクシーなウインクなのだろう。

 そして陽向さんにはあるまじきボンッキュッボンッなスタイルの砂肌。

 詳しいカップ数とかは知らないけどKカップくらいありそう。


「よっ! 陽向! 大人の女!」


 直人さん絶対遊んでるじゃん……

 笑うの堪えてるじゃんほら。


「ま、負けました……」


 楽しげなノリに反応した仲道副会長が膝を付いて絶望しているフリをした。

 その顔を見てドヤ顔をする陽向さん。


 なんなんだこの微笑ましい構図は。


「良かったですね陽向さん」

「ふふふ」


 ほんと楽しそうだな。

 そんなご満悦な陽向さんのほっぺを美心さんがなぜかツンツンしだした。


「ぷにぷに」

「うちの嫁のほっぺはいいだろう。マシュマロなんだよ」

「なんで直人くんまでつんつんするの?!」

「あたしもちょっと触ってみたいかも」

「美羽ちゃんまで?!」


 現在、陽向さんは首から下が砂浜に埋まっていてされるがまま。

 ひたすらにほっぺを触られている。

 文字通り手も足も出ない。

 背後で百合夏が鼻血を出しているが無視。


「ちょ、ちょっとぉ! た、健くん、助けてぇ」

「面白いので撮影しますね」

「裏切ったぁ! 酷い! あんまりだよっ!! てか写真集撮ってないで助けてよ!」

「写真じゃなくて動画です」

「どっちでもいいからぁ!」


 半泣き状態の陽向さんを微笑ましく思いながら撮影を続ける。

 手も足も出ないマスコットはひたすらに己の頬を蹂躙されていく。


「直人くん! 離婚だよ離婚! ほっぺつんつん虐待で離婚!」

「ふふふ。手も足も出ないこの状況で離婚届けにサインができるかな?」

「なっ?!」


 直人さん、策士だな。

 そして悪い顔をしている。


「ち、千夏ちゃんにたっぷり缶詰してもらうといいよっ!」

「申し訳ございませんでした陽向様」

「うむ。はよ妾を救出せい」

「ははぁ。只今!」


 急に夫婦がコントしだした。

 しっかり土下座する直人さんのメンタリティすげぇな。

 一言でひっくり返るんだな、夫婦の力関係って。


「直人くん、妾は喉が渇いた。お水を持ってまいれ」

「かしこまりました」


 お怒りマックスぷんぷんな陽向さん。

 これはこれで可愛いな。

 天使さんも微笑ましそうに眺めてるし。


「直人くん、妾は砂地獄で疲れたからお姫様抱っこして向こうの椅子まで運びたまえ」


 そうして陽向さんは直人さんにお姫様抱っこされてビーチチェアに座らされた。


「うぬ。苦しゅうない」


 お姫様抱っこされてご満悦な陽向さんに一同ほっこりした。


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