第79話 すてたもの。

 専業主夫の朝は早い。


「朝ごはんはこれでよし」


 朝5時に起床。

 宿泊者全員分の朝食を作る。


「なにが大変って、お盆と同時並行で作業してるんだよなぁ、これ」


 昨日は冨次先輩が海に入りたいと駄々を捏ねていたわけだが、本土では通常通りの時期に行う盆だが、沖縄のお盆はカレンダーでいうところの旧盆に合わせて行う。


 真乃香さんは本土の盆休みを取り、さらに沖縄の旧盆に合わせて有給を取っているので毎年肩身が狭いとよくお酒片手に騒いでいる。


「昨日がウンケー(お迎え)、今日はナカビ、明日がウークイ(お見送り) ……親戚とか居ないからまだマシだけど、それでも忙しすぎる。亡くなったご先祖さまとクラスメイトたちを持て成す専業主夫高校生……」


 沖縄の古くからの風習であるこの旧盆。

 3日間に渡りご先祖さまをお迎えして持て成し、最終日にはお見送りをする。

 旧盆の期間中は親戚たちも来て飲んで騒いでと忙しいのだが、本部家はもう3人だけである。


 その為、昨日はバーベキューをした後に本部家の3人で墓に行きお迎えして今に至る。

 ご先祖さまのお迎えは基本的に1日目の夕方からと決まっているので、かなりのハードスケジュールである。


「そう言えば今日はエイサーだな」

「エイサーってなに?」

「ああ、おはようございます。天使さん」

「おはよ、本部くん」


 寝巻き姿で少し眠そうにしながらも質問をしてくる天使さん。

 そういえば寝起き姿を見るのは何気に初めてである。

 かわいかったです。


「エイサーはですね……うんと……本土の盆踊りの沖縄バージョン? ですかね」

「沖縄の盆踊り」

「太鼓叩いたり踊ったりするんですけど、今日の夜にこの辺りを通るんですよ」

「なにそれ楽しそう」

「僕もエイサーは好きなので楽しみなんですよ」


 そもそも踊り自体が独特なので口で説明するのは大変難しいので動画を見せた。

 文明の力って楽でいいな。


「色んな人が踊ってる」

「役目が決まってたりとか色々あるので、見てて楽しいですよ」


 エイサー祭りなども各地域で行われていたりする。

 各団体の青年会によって踊り方が違ったりしているので、沖縄人としては観ていて飽きない。


「これが今日の夜に見れるの?」

「はい。踊りながら街中を歩き回るんですよ」


 このご時世はSNSで大体どこにいるかがわかる。

 有難い事だ。


「いいなぁ。あたしもこういうの着てみたいな」

「こういうのを着れるとこもありますよ。観光客向けにあるんですよ」

「ほんとに?!」


 すぐさまスマホで色々と調べ始める天使さん。

 どんだけ着たいんだよ。いや可愛いけども。


「も、本部くん、お盆終わったらその、ふたりで行かない? バスでも行けるみたいだし」

「そうですね。せっかくですし」

「うん!! ちょー楽しみ!」


 眠気もすっかり覚めたのか他にもエイサーの動画を見ている天使さん。

 東京に住んでいると、こういうのは非日常感を味わえるから楽しいのだろう。


 沖縄人としては喜んでもらえるのはやはり嬉しい。


「あ、本部くんも衣装着てね? 一緒に写真とか撮りたいし」

「いや、僕はいいですよ」

「いいじゃん〜。お師匠と弟子だし。ツーショット!!」

「衣装についてはとくに関係ない気がするんですけど」


 しかしそんな意見は聞くこともなく楽しそうに眺めている天使さん。

 黒須さんの服選びもそうだったが、やはり天使さんは女の子なのだろう。


 僕は服装などのこだわりは捨ててしまったので、そういう風にキラキラした目で見れるのは羨ましい。


「絶対行こうねっ!」

「わかりました」


 天使さんと一緒にいれば、すててしまったものを少しだけ取り戻せる気がした。


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