第78話 乙女たちの会話。
「黒須さん、どこだ?」
本部くんが焼いてくれた食べ物を持ってあたしは黒須さんを探していた。
庭先には当然居なくて、家の中を探している。
「居ない」
複雑な気持ちを引きずりつつも目を動かす。
本当に本部くんはあたしの気持ちに気付いてはいないんだなって思ってしまって、少しだけ寂しい。
しかもよりにもよって黒須さんを探してくれとあたしに頼むのである。
頼まれたこと自体はちょっとだけ嬉しかったりもする残念な乙女心に悲しみを覚えた。
恋愛に疎いあたしでも、どう見たって黒須さんは本部くんの事が好きだ。なんなら異常なくらい。
「あ、いた。黒須さん」
「……天使さん」
キッチンのすみっこで体育座りをしている黒須さん。
どうしてこんなところに居たのか。
まるで隠れているようにすら思った。
「本部くんが、黒須さんにって」
「ありがとう、ございます」
寂しそうな表情をそのままにお皿を受け取った黒須さん。
どうしてこんな顔をしているのか。
どうしてこんな所にひとりでいるのか。
「……」
「…………」
なんとなく気まづい。
「なんか、本部さん、楽しそうでしたね」
「まあ、そうだね」
誰かに料理を振る舞う時の本部くんは楽しそうだ。
作ってる時もそうだけど。
「なんでここにいるの?」
「…………なんとなく、ひとりでいるのを見られたくないなと思ったので」
「本部くんに?」
「はい」
黒須さんは普段、クラスではひとりでいる事が多い。
周りの人とは距離を少しだけ置いている。
それでも美人だし、頭も良いから頼られる事もある。
黒須さんはひとりでも平気な人なんだと思ってた。
「学校と、ここは違うの?」
「違いますね。ここにいると、独りなのだと感じます」
「……ちょっとわかるかも。あたしも知らなかった人とかいたし、全員と面識のあるのって本部くんくらいだもんね。あ、調理部顧問の先生とは初対面って言ってたっけ」
いつのまにか本部くんは生徒会の先輩とも顔見知りだし、仲道先輩は胸大きいし……
「私には本部さんくらいしか遠慮なく話せる人が基本居ないので、居心地があまりよくない、と言いますか」
「それをあたしに話すのかい」
あたしともあんまり仲良く思ってない発言に少し傷付いた。
まあでもそうか。
クラスメイトって感じだし。
「天使さんも本部さんの事、好きなんですよね? だから今こうして私とお話をしている」
「敵情視察みたいな事じゃないよ? うん」
「敵意がない事はわかりますから」
そう言って寂しそうに笑った。
「あたしって、そんなに分かりやすいかな?」
「一般論とかは私にはわからないのでなんとも。ただ、今の私に見えているのは本部さんの周りくらいまでしか見えていない。それだけです」
執着にも似た何か。
そして本部くんも黒須さんになんだかんだ構っている。
それがなんなのか。
「本部さんの周りしか見えてないのに、本部さんに対して好意的な人は多い。まさか見明さんの妹さんまでわりと本気なのはびっくりしました」
「……あれってやっぱり本気なのか……」
「あれは女の目でした。バイトからの経験上、あれは間違いないです」
小学校低学年で女の目をする美心ちゃん……
いよいよこれはまずいですマジで。
「見明さんもそれなりに好意を持ってますし、あの冨次先輩という方もそうです。あの生徒会長だって似たようなものを持ってました」
「……黒須さん、生徒会の人とは初対面だったよね?」
どうしてそんなにわかるのか。
いや、そう思うのか知りたい。
恋敵ではあるわけだけど、黒須さんと話すのはなぜか楽しい。
不思議な感じがする。
今までは恋愛とかわりと縁遠い学校生活してたし、結構見明っちゃんがそういうところを上手くやっていてくれた。
それでも女子特有のギスギスした空気とかは知っている。
「人の眼を見れば、多少はどう思っているかはわかります。私はあまり人に対しての……いえ、物事全般に対しての興味がそもそも薄いのですが、それでも本部さんが周りからどう見られているかはよく見えるんです」
「なんとなく言ってる事はわかる気も……する? かな」
あたしも本部くんの事は好きだけど、本部くんが誰から想われているのかはそこまでわかってない。
言葉で想いを聞けばさすがに分かるけど、見明っちゃんもそうだったのかなとまた少し複雑な気持ちにもなる。
「真っくらい中で、見えているのは本部さんの炎だけ。その周りに集まっている人の顔が、暗い所にいる私にはよく見える。明るい所からは暗い所は見えなくて、暗がりからは例え小さな灯りでも眩しく見える」
そう話す黒須さんを見て、たぶん本当に味覚障害なのだろうと思った。
疑ってなかったと言えば嘘になる。
本部くんの気を引きたくてそう言っているだけなのかもって、どっかでそう思っていた。
それを本当かどうかをあたしは知る術はないから。
でもたぶん、黒須さんの見えているものや、感じられるものが人とは違って極端だったり服に興味がなかったり、他の女の子とは違うのも今ならわかる。
「本部さんは、作った料理を美味しいと思ってくれる人に対しての平等に優しくしてくれる。悲しいくらいに平等です」
「……それちょーわかる。人として接してくれるのは当たり前っていうか、親切だけど、絶対女の子として見ないっ! みたいな線引き」
「私なんて、初めて私のお家で料理を作ってくれる事になった時に裸エプロンでお出迎えまでしたのに怒られましたからね。筋金入りです」
「は、裸エプロンっ?! この前のスク水エプロンとは別に?!」
裸エプロンでお出迎え……
これはホントにやばい。
あたしもやるべきなのか……裸エプロン。
いや、黒須さんのプロポーションで落ちなかったんだからだいじょぶか、うん。
黒須さんの方があたしより少し胸とか大きいしなぁ。
「あたしも本部くんとふたりでピクニック行った時に膝枕とかしたけど、普通にお礼言われただけだったし……」
「え、なんですかそれずるいです天使さん」
「ホットパンツだったからほぼ生足みたいなもんだったからちょっと恥ずかしかったけど」
「…………私、ファッションの勉強します」
なぜか始まるアプローチマウント合戦。
でもなんかちょっと楽しい。
「じゃあまた今度お買い物行こ? 似合う服いっぱい選んであげる」
「それは有難いですが、良いんですか?」
「なにが?」
「いわゆる恋敵である私にそのような事を。敵に塩を送るような事をして」
「いやまあ、たしかにそーなんだけどさ」
黒須さんが可愛くなったらそりゃ困る。
勝てる気がしない!
だけどなんか、放っておけない。
複雑な気持ちはまたさらに複雑な形になっていく。
「なんていうかなぁ……今ここにあたしがいるのって、本部くんに頼まれたから居る訳だけどさ、全然あたしの気持ちとかわかんないから黒須さんを探してくれって頼んでるんじゃん? たぶん」
「知っててそれなら鬼畜ですね」
「そうなんだよぉ〜。そんで普通にわかってないの。でもめっさ優しいの。意味わかんない」
語彙力の無さになんとも言えない衝動に駆られる。
この気持ちをなんと言えば伝わるのか。
怒っているわけではないし、いやむしろ好きなんだけども。
「なんかちょっとムカつくし、でも好きだし、黒須さんも可愛いし普通に仲良くしたいしてきな? もう ぐちゃぐちゃ」
「ふふっ」
体育座りのまま、黒須さんは笑った。
素で笑う黒須さんの笑顔を初めて見た気がする。
「え、今のなんか変なとこあった?」
「いえ……なんか、天使さんってもうこういうのは器用にこなせる人なんだと思っていたので、可愛いなと思いまして」
「全然器用じゃないよ〜器用だったらもう告白とかしてるもん」
「私は器用ではないですけど、既に一度告白してますよ。フラれましたけど」
「えっ?! マ?! 告白まで先越されてるのか……」
黒須さんの一心不乱さに驚愕したよあたしは……
なんだろう、女として、負けている気さえする。
「なんだか、こういうお話するのって意外に楽しいですね」
「あたしもこんな話するとは思ってなかったかも」
「色恋沙汰って物騒なイメージしかないんですけどね」
「あたしもそう思ってた」
そう言ってふたりで顔を見合わせて笑った。
こういう関係の友達もあるのかもって思えた。
「そろそろ向こうに行こ。ジュース飲みたい」
「そうですね。私もなにか飲みたいですし」
「そいえば飲み物は味するの?」
「本部さんが作った豚汁やカレーは飲み物に分類されますか?」
「いや「カレーは飲み物」はお相撲さんが言ってる話だからっ」
「ではシチューは大丈夫ですか?」
「カレーもシチューも同じ枠だと思う」
「飲料水というのも奥が深いですね」
「いやそんなに難しい話してないよっ?」
黒須さんとお話しながら家から出ると、やっぱり外は暑かった。
それでも心地よい太陽が出迎えてくれた気がした。
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