第77話 酔っ払いの厄介さ。

「お肉ぅ〜♪」

「はい、お皿出してください」

「ん〜♪ 美味しそ〜」


 貧乳事件でボッコボコにやられた陽向さんは肉を頬張り今はご機嫌である。


「美心、美味いか?」

「おいしい」


 見明さんと美心さんも姉妹仲良く並んでご飯を食べている。

 このメンツの中では1番微笑ましい。

 みんな仲良く。これ大事。


「も、本部くん、ボクも、手伝おうか?」

「絶対焼かないで下さい死にたくない」

「焼きは手伝わないよっ!」


 桃原に焼かせたら家まで焼きそうだ。

 いやまあボヤ騒ぎになってる事を目撃した事とかはないけどさ。まだ……


「本部、肉よこせ」

「多口会長、お口いっぱいに頬張りながらそんなに食い意地張らないでくださいよ」

「鈴ちゃんは少しでも大きくなりたいんだよね。早く大きくなるといいわね」

「私が大きくなるより慶斗の胸をもぎ取る方が早いかもしれない」

「小さなお手手で私の胸を掴めるかなぁ。鈴ちゃん小さくてもいいんよ?」

「噛みちぎってやるー!!」

「きゃー! 助けて〜幼女に襲われるぅ〜」

「待てこらぁ!」


 仲道副会長、完全におちょくって遊んでますやん。

 せっかく落ち着いてきたと思ったのに。


「健きゅん、焼きそばも食べたいです!」

「おにーちゃん、私も食べた〜い」

「はいよ」


 もう片方の鉄板で作っていた焼きそばを千佳と真乃香さんに手渡した。

 肉焼き勝負だったが、やはり焼きそばも欲しいと思って用意していた。


「本部、私にもちょうだい」

「どうぞ、冨次先輩」


 冨次先輩は火を用意できなくていじけてしまっていたのだが、肉と焼きそばの香りに釣られて来た。

 炭火での調理はしたことが無いようだったので苦戦した挙句のこれである。


「ふんっ」


 ご馳走しがいのない人だな……


「……あ、美味し……」


 そうでもなかった。

 これがギャップ萌えというやつか……


「健君、シーフードとかも焼かないきゃい?ひっく……」

「直人さん、お酒弱いんですね」

「しょーでもないよ?」

「もう、直人くん、飲みすぎだよ。ほら、お水ごっくんして」

「ひなたぁ、のませて〜」


 オリオンビール片手にご機嫌な事でなによりですよ全く。

 普段は直人さんの方がしっかりしてるのに、こういう時は陽向さんの方がお姉さんって感じなんだな。

 てか直人さんお酒弱すぎだろ。

 まあ僕はお酒を知らんからあれだけどさ。


「本部くん、食べてる? あたしが代わろっか?」

「いや、大丈夫ですよ。それよりさっきから黒須さんが見当たらないんですけど知りませんか?」

「そいえば見てないかも」

「探して料理持ってって貰っていいですか?」

「うん。わかった」


 普段は僕の近くでうろうろしている黒須さんが視界に入っていないという怪現象。

 本来ならそれがおおよそ普通である。

 てかストーカーに粘着されること自体がそもそも稀だろう。


 今回はストーカーの首根っこをしっかり掴んでくれると思っていた直人さんはベロンベロンだし、黒須さんとも親しくしている陽向さんはその旦那の介護中である。


 更生させるとは言い過ぎかもしれないが、なるべくになれるようにしなければならないこちらとしては気を使わざる得ない。

 じゃないと下手したら死ぬ。

 少なくとも、これ以上メンヘラを拗らせたら間違いなく刺される。


「まあでも、みんな楽しそうだな」


 一人鉄板の前に立ち肉を焼き、それぞれ楽しそうにご飯を食べたり笑ったりしているのを眺めるのは悪くない。


「肉焼きの特権」


 肉を焼いてれば仕事してる感出るし、群れなくて済む。

 そもそも一人の自分は仕事をすることによって息をする事を許されているわけである。

 全く、労働とは尊いものである。


「健君、蒸し焼きとかろう?」

「度数5パーセント程度の酒で蒸し焼きしても意味ってあるんですか?」

「オリオンビールだしいいんしゃないから?」

「噛みまくってるから直人さんの提案は却下です」


 噛んで濁音すら消える酔い方ってどうよ? 成人男性。


「まあまあ〜。てか、健君はいいの? イチャイチャしに行かなくて?」

「生憎といちゃこらするようなお相手は居ませんので」

「居るじゃん。透花とか天使さんとか。見明さん? だっけ? あの子もそうさ」


 さっきまでヘロヘロだったのに、今は酒の香りすら感じない直人さん。

 むしろさっきまでの酔っ払いっぷりが嘘であるかのようだった。


「俺と出会った頃の君の周りには誰も居なかった。でも今は違う。なんなら選り取りみどりじゃないかな?」

「そうですね。僕も千佳も進学して家庭的に少しは安定したので保護者の負担も減って美味しいサラダも作れる」

「お、上手いね」

「美味いのは料理だけですよ」


 直人さんは時々、人の胸の奥底をなぞるような発言をしてくる。

 それがなんとも気持ち悪い。

 見透かされていると感じる。

 自分だってわからない何かを彼は一瞬で見抜く。

 そしてそれをそいつ自身には簡単には教えない。


 だからこの人は時々こわい。


「う〜ん。酔っ払いな俺では上手くあしらわれてしまったなぁ。ま、おじさんがとやかく言うことじゃないな。忘れてくれ」

「酔っ払いの言う言葉を覚えるよりも英単語を覚えたいので忘れることしますよ」

「それこそ学生の本分だな。いやぁ飲み過ぎた〜。…………まあいいか。熟成してくのを観るのも悪くない…………」


 直人さんは頼りになる。頭もいい。

 優しい人でもある。


 ただ、未熟な僕では覗くことの出来ない闇がある。

 たくさんの顔を持つ直人さんは、一体なんなんだろうか。


「あ、焦げた……」


 僕は黒く焦げた肉片を無理くり咀嚼してお茶で流し込んだ。


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