第76話 女の闘い。
「なんで海に入っちゃダメなのよ?!」
冨次先輩は怒っていた。
一昔前なら「激おこプンプン丸」と呼ばれるにふさわしい怒りっぷりはご自慢の胸をも揺らしていた。
「まだお盆が終わってないからです」
「知らないわよ沖縄のお盆なんて。こんなに綺麗な海が目の前に広がってるのよ?!」
僕らが到着した翌日の今日、冨次先輩は着いて早々に海に入ろうとばっちり水着に着替えて僕らの家に来た。
「た〜け〜。誰ねその子?」
「調理部の先輩。海に入りたいらしい」
「お盆はダメだわけよ〜。連れていかれるからさぁ」
「何によ?」
「幽霊? ですかね」
お盆の時期は御先祖様や亡くなった人たちが帰ってくる。
沖縄ではとくに旧盆だとかどうとか地域などによってもバラバラなのだが、少なくとも本部家はカレンダーに記載されている旧盆の日付に合わせて御先祖様方を持て成す。
この帰ってくる時期が海に入ってはいけないのは、帰る家がない亡くなった人に生者が連れていかれると言われている為である。
まあ、内地でもそういった迷信はあるし、理解出来なくはない話だとは思うのだが……
「冨次先輩、調理部はあくまで合宿、ですよね?」
「だからなによっ」
「ま、まあまあ冨次先輩。あたしたちもまだ沖縄で海に入ってないし、最終日にはみんなで入れるじゃん? とりま合宿しましょうよ〜。うん」
揉め始めている僕らを見て天使さんが取り持ってくれている。
天使さんのカリスマ性をもってしてなんとかなっているが、ほんとに下手したら冨次先輩が溺れて死ぬ可能性がある。
自分の地元で流石に知り合いが死ぬのは困る。
「ま、生徒会としてはそっちが本命だし良いけどね」
「鈴ちゃん、水着姿で浮き輪抱えてそれを言っても、全く説得力ないと思うわよ」
「慶斗だって中に水着着てるじゃん!!」
調理部の監視という名目、もとい職権乱用の末に同じく沖縄に来ている多口会長と仲道副会長。
この2人はどう見ても児童と保護者である。
「冨次先輩、本日は庭でバーベキューを予定しています。誰が一番上手く焼くかの対決といきましよう」
「なんでよ? 海がいいのよ私はっ!」
「まあまあ」
その他調理部部員その1とその2も冨次先輩の駄々を宥めている。
上司がわがままだと大変ですよね、わかります。
「なんだ。冨次先輩、焼くだけの簡単な勝負でも僕に負けるのが怖いということですね。それは仕方がないですね」
「ムキッ」
おおぅ、怒りが声に漏れ出てらっしゃる……
高飛車美人が怒ると怖いなぁ。
しかし僕はイキるのをやめない。
今回のお盆はなんとしても何事もなく終わらせなければならないのだから。
「お、なんだなんだ、ケンカかい健君?」
「ケンカ、よくないよ。仲良くしよ?」
「誰よこの人たち? イケメンと中学生?」
「な、直人くん、わたしってそんなに幼く見える? もうお酒飲めるのに?」
騒ぎを聞きつけた直人さんと陽向さんまで騒動に巻き込まれてしまった。
いやまあ直人さんは現実逃避も兼ねてか自ら飛び込んできた感があるが。
「どう見ても中学生でしょ? ロリよロリ」
「む、胸はそのぉ、そのうち大きくなるからっ」
「陽向、小さくても問題はないぞ」
「直人さん、遊んでますよね? 引っ掻き回すの止めてくださいよ」
向こうでは調理部顧問の先生が真乃香さんたちとご挨拶してるのにこっちはなんでこんなに燃えてるんだ……
「だいじょぶですよっ。陽向さん! きっと大きなります!!」
「美羽ちゃぁ〜ん……美羽ちゃんも大きいじゃん……ずるい」
励まそうとした天使さんが陽向さんに抱き着き、玉突き事故さながらに天使さんの胸に当たった陽向さん半泣き。
「本部、こっちはもう準備できてんぞ〜。ウチらだけでもう始めていーか?」
美心さんを連れてきた見明さん。
いよいよ本物のロリータ登場で胸を見比べる陽向さん。
いや小学生女児と勝負しないでくださいよ……
「本部くん、なんか大変そうだね。ボクらだけで先にお肉焼いとく?」
お胸騒動に田口会長も巻き込まれて修羅場となった本部家の庭先。
巨乳派と貧乳派で闘いはさらに激しくなっていく。
さすがに天使さんでも収集がつかないようだ。
てかよく初見同士で胸の張り合いできるな。
多分冨次先輩のせいだけど。
「……そうですね。じゃ、じゃあ女の闘いが終わったらお肉食べに来てもらっていいですかね」
胸と生理の話に男は首を突っ込まない方がいい。
これは妹と従姉妹がいる僕の教訓である。
女の闘いは怖い……
いやほんとマジで怖い。
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