第55話 結果。

「結果は…………天使・本部チーム!」

「な、なんで……」

「やったよ本部くんっ!!」


 ガクッと膝を落とす冨次先輩。

 嬉しさのあまり飛び跳ねる天使さん。

 相当に嬉しいらしく、僕の手に指先を絡めて飛び跳ねているものだから僕は恥ずかしくてしょうがない。


「なんでよ……」


 5対2という投票の結果に冨次先輩は納得がいっていないようだ。


 突発の料理対決での3品をイタリアンでまとめる技量と知識、盛り付け、そしてこの高クオリティ。

 どれをとっても高校生レベルではない。


 それでも、結果は僕らの勝利。


「あの、どうしてその投票にしたかお聞きしても?」


 先生方7名のうち、僕らの料理に投票した5名は全員が男性。のこり2名は女性教員でありその2名は冨次先輩の料理への投票結果だった。


「オムレツが美味しかったですね」

「僕もですね」

「……ハートマーク……」

「イタリアンは美味しかったんですが、できればジャージ姿ではもったいなかった」

「綺麗なオムレツなんて、お店でしか食べれないと思っていたので、インパクトがあったな」


 ハートマークって呟いた知らない先生、目が死んでるんだよなぁ。

 左手の薬指の指輪の輝きがくすんで見えるのは気のせいですかね……


 男性教員のうち2名は若い先生であり、食に対して疎いのが幸いしたのかもしれない。

 綺麗な色のオムレツは今どき動画を漁れば簡単に作り方は出てくる。


 やろうと思えばできなくはない。

 ただシビアすぎて、普通はそんなに丁寧に作ったりしない。


「冨次先輩側に入れた先生方は?」

「インスタ映え」

「ピカタが衝撃的に美味しかったわ」


 鶏胸肉のピカタは僕も1口食べたが確かに美味かった……

 それに加え、鶏胸肉といえば低脂質で高タンパク質、ダイエットや筋トレをしている人にも人気のある食材。


 その鶏胸肉をこんなにも美味しく調理できる知識は納得だった。

 今度僕も作ろうかと思ったほどだ。


「だそうですよ冨次先輩」

「…………」


 燃え尽きてらっしゃる……

 まあ、これで僕もスーパーに心置きなく向かえる。

 ギャラリーがいる前で啖呵たんか切っての対決故にみっともなく強引に入部させるわけにもいかない。それはおそらく冨次先輩のプライドがそうさせるだろう。


「というわけで、今回の料理対決に御協力頂きありがとうございました。先生方も、お忙しい中ありがとうございました」

「ご馳走様でした」


 これ以上の面倒事になる前に先生方とギャラリーを退散させる為にモブ如きの僕が対決の締めを取り仕切って部外者を帰らせた。


 僕も早く帰りたい。

 負けてじめじめとしている冨次先輩に関わりたくないというのもある。

 腕が良いのは認める。

 だが負けたのだ。天使さんに。


「冨次先輩、勝負は着きました。もう帰っていいですかね?」

「……ええ。そうね……」


 勝った僕がこんな事も思うのもおかしな話だが、なんだか可哀想に思えた。

 ついさっき話し掛けられただけの他人。

 助走も伏線も何もない、いきなりの料理対決。

 その程度のえんでしかない他人。


「……ごめんなさいね、貴女たち。もう多分、この調理部は無くなるわ」

「……はい」「うん……」


 お通夜状態に巻き込まれる僕と天使さん。

 天使さんも対決前は闘志を燃やしていたが、やるせない気持ちになっているようだった。


 それも仕方ないのだろう。

 別に、親を殺されたとかって因縁なんてない。


「あたし……」

「冨次先輩」


 天使さんがなにかを言おうとした。

 そして僕はそれを遮った。

 なんとなく、天使さんが何を言おうとしたかわかったから。


「僕が調理部に入部してもいいですよ」

「…………」


 情けでそう言われていると感じたのか、冨次先輩は怒りを感じているようだった。


「でも条件があります。僕はあくまで専業主夫ですので、あくまで幽霊部員。なにかあれば出向く事も検討します。それで規定部員数はクリア。その代わり」


 何を要求されるのかという不審な顔をする冨次先輩。


 なんで冨次先輩がこの調理部にそんなにこだわっているのかは知らない。

 知らないし興味も無い。


「その代わり、お買い物の時の人員を貸してください。卵の個数制限とか厄介なんですよね〜。お得にお買い物がしたい僕としては都合のいい人員がどうしても欲しい時がありまして」

「……は?」


 何言ってんだこいつって顔やめて下さい怖いです。

 いやまじでわりとおひとり様につき卵は1パックまでとかあるんですよはい。


「べつに変な事は言ってないでしょう? 専業主夫の知恵の範疇です。如何に安く仕入れるかも料理をする者の腕の一部。その為の人手として調理部3名の先輩方にも御協力願いたい。それだけの話です」


 こぎつけただけの言い訳だ。

 実際僕がそんな事で招集する事は多分ないだろう。

 どんだけがめついんだよ、という話。


 まあ、籍だけおいて僕も部活動をしていた実績があれば多少は進学の際にプラス査定となる。

 幽霊部員で居られれば僕は損をしない。


「どうです? そちらは調理部が存続できて首の皮一枚繋がる。僕は僕で家計が助かる。お互いにメリットのある話だと思うのですが」

「……留愛子、私はそれでもいいよ」

「私も」


 部員2人は僕の提案に賛成した。

 なんか、まるで僕が悪い奴みたいになってる気がする。


「…………この借りは絶対いつか返す」


 怖いですこの先輩。殺されそうだ。


「では交渉成立という事で」


 僕は膝を着いたままの冨次先輩に手を差し出した。

 冨次先輩はその手をぐいっと掴んで立ち上がり、睨み殺さんばかりの眼光を僕に放った。


「覚えてなさいっ!!」

「留愛子っ!」


 情けなくそう叫んで走って逃げていった冨次先輩と、それを追い掛ける部員の片割れ。


 ……意外と走り方が可愛いな。

 そして負け犬っぷりがなんとも。


「さ、帰りましょうか天使さん。さっき見明さんからレタス確保してあるからスーパーに来いってメッセ入ってまして」

「え、あ、う、うん」

「ではすみません。今日のところは帰ります。入部届けは明日記入しますので」


 勝負が終わって、ほっとした。

 それだけだった。

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