第54話 いざ、実食!!

「さて、勝つのはどっちなのかしらね?」


 自信満々に胸を張り、腕を組む冨次先輩。

 出来上がった料理を見せびらかすように僕らの前に出した。


「イタリアンですか」

「そうよ」

「お、美味しそ……」


 天使さんも冨次先輩の料理を見てよだれを垂らしそうな顔でまじまじと見つめている。


 前菜とスープ、卵を使ったメインの1品を30分というルールに対して即興でイタリアンをベースに作り上げる発想力や対応力は異常な程の実力と言っていい。

 そもそも下ごしらえや前準備が必要な事が多い料理においてこのクオリティを30分でこなすとか化け物だろ……


「どう? 本部健。今すぐ降参するならあんただけの入部で許してあげなくもないわ」


 対決前はついでに天使さんも勧誘していたが、降参すれば僕だけという事にいつのまにかなっているらしい。


 記憶の改竄かいざんするのやめてもらっていいですかね。

 天使さんは関係ないでしょ?

 ……いや、でも喧嘩を買ったのは天使さんなんだよなぁ。


「降参する気はないですね。それに、最終的に勝負を決めるのは先生方ですから」

「そう。勝負なんてもう決まっているでしょうに」

「まだ、わかんないですから」


 冨次先輩の料理に見とれていた天使さんが慌てて冨次先輩に張り合うように至近距離で睨み返した。

 眉間に力を入れている天使さんの表情がムキになっているようにはあまり見えなくてちょっと可愛いかった。


「暇そうな先生何人か連れてきたぜ〜」


 ギャラリーが気を利かせて職員室から先生方を連れて来てくれた。

 夕飯前ということもあり思ったより集まった先生方が多かった。

 幸いにも奇数人だった為、どちらにしても決着はつく。


「美味しそうですな」

「このクオリティの料理を生徒が作ったとは……」

「わ、私より料理上手いんだけど……」


 若手教員から学年主任、年代や性別も違う先生方総勢7名。


「先生方にはこの料理それぞれを食べて頂き、どちらの料理が良かったかを総合的に判断して頂きたいです」

「わかりました」


 そわそわしている先生方に料理を振る舞う。

 ギャラリーたちも「腹減ったぁ〜」と喚いていた。

 この時間の飯テロ対決は育ち盛りの学生たちには堪えるだろう。


「このマリネ、美味しいわね」

「マグロのカルパッチョもなかなか」


 冨次先輩の作ったタコとキュウリのマリネは彩り鮮やかで僕も見ていて食べたくなってしまった。


 仕込みアリの対決なら冨次先輩ならテリーヌとかを前菜で出していたかもしれないなんて考えるとゾッとする。

 普段は時間の掛かる仕込みなんてしない僕では勝てないかもしれない。

 そう考えると、短期決戦に持ち込んでいてよかった。


「これはなに?」

「それは鶏胸肉のピカタです」

「初めて聞いた」

「ん! 美味しい。鶏胸肉なのにこんなに軟らかいの?!」

「溶き卵の中のコンソメも効いてて美味いな。つまみにも合いそうだ。……ああ、ビール呑みたい」

「まだ仕事中ですよ」


 イタリア語でピッカータと呼ばれる料理で肉に塩やコショウなどで下味を付け、小麦粉をまぶしてから粉チーズなど入れた溶き卵を絡めてソテーしたものらしい。

 豚肉を使ったポークピカタなども日本では食べられている。


 小麦粉で胸肉をコーティングしてからソテーすることによって肉そのものの水分や旨みを逃がすことなく料理している。

 その為、胸肉のパサつきを防止している。

 料理スキルも知識も並大抵のものじゃない。


「このオムレツもとっても美味しそう。こんなに綺麗な黄色のオムレツってレストランでしか見たことないわ」

「これ、食品サンプルじゃないの?」

「おおっ!! 中がとろっとろだ!」

「ちょっ! 私まだ写真撮ってなかったのにぃ! せっかく可愛いハートだったのに……」

「生徒たちの対決中にインスタに上げようとしないで下さいよ」


 天使さんも内心ドキドキしているのだろう。

 あくまでもどちら側が料理したかわからないのだが、ポーカーフェイスなんて無理だろう。


「このイタリアンスープ、ガーリックが効いてて美味いなぁ」

「こっちのミネストローネも野菜の旨みが出てて染みますよ」


 僕が作ったミネストローネだが、唯一の不安要素だ。

 冨次先輩のスープのガーリックの強さに負けているかもしれない。

 ミネストローネでもガーリックを使う事はあるが、先に作っていた冨次先輩を見て今回は入れなかったのである。


「ん〜どっちも捨てがたい」

「全部美味しかった、ではダメなのか……」

「先生、勝負なんですし、はっきりさせないとダメじゃん」


 熟考する先生方にギャラリーが騒ぎ出す。

 さらにはギャラリーたちも食べたいと手当り次第に手を付ける生徒たち。

 流石にもう我慢の限界なのだろう。


「先生方、僕はスーパーに行きたいが為に調理時間を30分に設定したので早く決めてください」

「これ、全部30分で作ったのか?!」

「そうよ」「そうです」


 調理部の2年生たちはともかく、新入生の僕と天使さんを見て驚く先生方。

 いや驚く暇あったら早く決めてくれ……

 まだ間に合うかもしれないんだよこっちは。


「決めました」

「私も」

「僕も決めた」


 そうして先生方は目を合わせて一斉に指を指した。

 ギャラリーを始めその場にいた全員がその行く末に息を飲んで確認した。


「決着は…………」







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