第53話 料理対決。

「それでは、料理対決……始め!」


 今回僕が選んだ項目としてのお題の前菜・スープ・メイン。

 流石に高級レストランで出るようなフルコースは僕も作った事がなかった。

 だから、僕と天使さんでできる料理は限られていた。


「ではまず野菜から切っていきましょうか」

「う、うん!」


 冨次先輩たちは速かった。

 それこそ、なんでこんな進学校にいるのか意味わからない程に速い。

 冨次先輩の邪魔をしないように補助に回っている相方の部員も日頃から鍛えられていたのか、手際が段違いにいい。


「……そりゃこうなるわけだ」

「ん? どゆこと?」

「冨次先輩たちはガチ勢。そして部員が3人」


 この高校での規定部員数は最低でも4人から正式に部活動として認められる。

 そんな中でのガチ勢3名。

 エンジョイ勢ではすぐについていけなくて離れていってしまう。


「冨次先輩の人気なら、本来すぐに部員なんて補充できると思っていたけど、この状況ならそら無理だよねって話ですよ」

「それで自分たちについて来れそうな生徒を探してて本部くんに白羽の矢が立った、って感じ?」

「たぶん? そうですね。面識ないですし」


 一応、小声で喋っている。

 本来、相手の考察をのんびりしている場合ではない。

 別にデスゲームなどではないが、僕はレタスの為に制限時間を30分にしてしまっている。


「てか本部くん、もう10分経っちゃったよっ!」

「問題ないです」


 下ごしらえは終わった。

 冨次先輩が何を作っているかもだいたいわかったし、明確なジャンル被りもない。


「では僕は前菜とスープを作ります」

「え」

「なので天使さんにはメインをお願いします」


 僕はそう言って天使さんに卵を手渡した。

 急に言われてあたふたする天使さん。


 当然だろう。

 そもそもメニューなんて決めてない。

 普通の人はこんな料理対決なんてしない。

 マンガやアニメの見すぎにもほどがある。


「え、でも……」

「サポートはしますから」


 僕はそう言って微笑むだけにした。

 喧嘩を買ったのは僕ではない。

 あたかも僕が主導でルールを決めたが、流石に進学校の生徒の包丁ダコを見て天使さんに丸投げなんて自己責任を押し付けるのは酷だったというだけ。


 そしてその結果僕が入部させられるのだから、多少の手は加えた。それだけのこと。


「わかった」


 深呼吸をして作業に取り掛かった天使さん。

 この場面で天使さんが作ろうとしている料理の予想はしていた。


「えっと……」

「はい。どうぞ」

「あ、ありがと」


 ボールを探していた天使さんに手渡して僕は前菜とスープに取り掛かる。

 段取りを頭の中で常に組み換え続けながら一つ一つこなしていく。


「濡れ布巾、置いときますね」

「ありがと」


 僕は僕でスープ作りと前菜を同時進行する。

 難しい料理ではない分、天使さんのフォローに徹する。


 天使さんの額から一雫の汗が流れた。

 緊張からか手が少しだけ震えている。


「…………」


 濡れ布巾にフライパンを置き、呼吸を整える天使さん。

 ここまで緊張している天使さんを見るのは初めてだった。

 ギャラリーが賑わい、料理対決をする。


 たかが料理だ。

 ただ、ご飯を作るだけなのだ。

 それなのに、僕までその緊張は伝わってくる。


「……本部くん……」


 天使さんはフライパンを濡れ布巾に置いたまま硬直していた。


「大丈夫ですよ」


 負けても僕が調理部に入部するだけの話。

 ただ本当にそれだけの話である。

 負けたら死ぬなんて事もない。


「なんの為に作ってるかわからなくなった時は、その料理を1番誰に食べてほしいか考えてみて下さい」


 料理なんて、無駄だ。

 人間なんて所詮は知能が比較的高い動物なだけ。


 エサを喰って、寝て、交尾してたらそれで本来問題なんてない。それが有性生殖をする生物だ。


 でも僕らは人間で、人である。

 人とは不思議なもので、無駄を好む生き物だ。

 栄養補給さえできればいいだけのエサを「美味しい」と感じられるように火を使う。味を付ける。飾りつける。


 アニメやゲーム、マンガに小説に映画。

 その他諸々のエンタメだって究極的に言えば無駄。

 でもそれで何千何万何億と金が動く。


「……誰に、1番食べてほしいか……?」

「はい。僕だって、いつも誰かに食べてもらう為に料理をしてます。1人なら、卵かけご飯で十分なんですよ」


 両親が死んで、千佳と2人で真乃香さんに引き取られて。

 できる事はせいぜい料理と家事くらいだった。

 明るい話なんてない。

 だからせめて料理くらいはと。


「誰かの為に作るから料理をなんですよ。1人で食べるなら、ただのエサだ」

「……ふふっ。エサは酷いよ本部くん」


 そう言って天使さんは笑った。

 ほんとに酷い言い草だと自分でも思う。


「じゃあ、あたしはエサなんかにしたくないから、その人の事を想って作るね」

「はい」


 ゆっくりとフライパンを握り直した。


「だから、見ててね」

「はい」


 再びフライパンを熱源へと戻し、神経を集中させて真剣に向き合う。


 最初に料理を教えてほしいと言われて、こんなに真剣になるとは思っていなかった。

 たかが料理。されど料理。


 その料理対決でギャラリーが湧き、対決の行く末に一喜一憂する。


 変な気分だ。

 でも、今までこんな事はなくて、新鮮だ。

 1人の女の子の真剣な横顔をこんな距離で眺めるとこになるなんて。


「…………できた…………」


 ひっくり返された綺麗な黄色のオムレツ。

 嬉しそうに僕を見る天使さんを見て僕も笑った。

 子供みたいな、こんなにも嬉しそうな顔。


「最後の仕上げです」


 僕はそう言ってケチャップを手渡した。


「うん!」


 なんの躊躇もなく描かれた赤いハートだった。

 たぶん、何も知らない他人が見ればただのオムレツだろう。

 それでも、ここにきてこのオムレツを完璧に作れた事は天使さんにとって、きっと大きな事だ。


「完成ですね。完璧です」

「うん!!」


 並べられた料理を前に天使さんは胸を張っていた。

 ふやけながらも閉じた唇はきっと、嬉しくて吊り上がる口角を無理やり隠しているつもりなのだろう。

 そんな天使さんを見て微笑ましく思った。


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