第42話 いざ、黒須さん家へ②

 レオパというと、問題がある。

 ワンルームであり一人暮らしをするには申し分ない備え付けの家具やインフラ、ネット環境の充実。


 そんな中、専業主夫にとって最も問題なのはキッチンである。


「キッチン、狭いな」

「すみません……」

「いえ、黒須さんが謝る事ではないですよ」


 普段は学校で凛としていて副委員長もしている黒須さん。

 だが僕といる時はよく泣いている。


 精神の不安定さは異常である。

 それでいてさっきの裸エプロンだ。

 ドラマとかアニメで見るような分かりやすいメンヘラやヤンデレとかとはひと味違うと言える。


「せっかくだし、料理、手伝ってもらってもいいですか?」

「はい!」


 嬉しそうにニコニコとエプロンを取りにリビングへと戻る黒須さん。


 キッチンの真横にある洗濯機の上にタオルケットを敷いてさらにその上にまな板。

 収納スペースも最低限しかない為、買ってある調理器具も最低限。


「やっぱ黒須さん、具材切ったりするのはそもそも上手いんですね」

「えへへ。そうですか? ありがとうございます好きです本部さん♡」

「……お、おう……」


 なんだろうか。

 ただの会話のキャッチボールのはずなのに、投げ返してきたボールに可愛らしいリボン付けてきてらっしゃる……


 こういう場合ってどうしたらいいだろうか。

 1度既に断っているし、なんて返事したらいいんだろうか?

 息を吸って吐くようにしれっと好意を伝えてきたが、これもちゃんと断るべきなのだろうか?


 数秒後にまたナイフで殺されかける未来しか浮かばない……

 美少女から告白されてこんなにもドキドキしないことってあるんだな。

 生きるか死ぬかでむしろドキドキしている気がする。

 ドキドキキュンキュンな青春に走馬灯ってないですもんね?


「本部さん、野菜切れました」

「ありがとうございます」


 狭いキッチンでふたり並んで料理。

 この頃の僕は、色んな女子と料理ばかりしているような気がする。


「っと。あとは煮込んで完成です」

「この時間が生殺しというやつなのですね……お腹が空きすぎて辛いです」

「もう少しですから」

「我慢します」


 今の黒須さんは、少し子供な女の子、というのが雰囲気的に近い。

 学校の時のようではない。

 かといってナイフで殺されかけた時のようでもない。


 もちろん、人間なんて多面的な生き物だ。

 だから違う顔があっても不思議じゃない。

 でもそれは本来、色んな観測者がいて初めて他人がわかる多面的な顔だ。


「ちょっと味見してみましょうか」

「……じーーー……」

「黒須さんも味見しますか?」

「します!」


 考えられるのは黒須さんが多重人格者という説。

 だけどたしか、多重人格は主人格を精神的に護る為に記憶を共有していないらしい。


 黒須さんとの会話の中で、記憶の整合性が取れなかった事はない。


「美味しいです。本部さん」


 小皿を片手に微笑む黒須さん。

 黒須さんはなにを想ってそう微笑むのだろうか。

 告白を断った僕に。


「じゃあ、完成しましたし、食べますか」

「はいっ!! 本部さんも、一緒に食べてくれますよね?」

「今日は大丈夫ですよ」


 今日は帰っても1人だ。

 今更自分の為だけに作る気はしない。

 むしろ1人の時は雑な事の方が多いか、もしくは食べないかだ。


「「頂きます」」


 黒須さんが目を輝かせながら料理を口に運ぶ。

 幸せそうに咀嚼して、微笑んで。

 そうして黒須さんは泣いた。

 どうして、僕の料理を食べて彼女は泣くのだろうか。


「美味しい、です。とっても美味しい……」

「……そう、ですか」

「人間に……戻れた気が、します」


 その言葉の意味は全くわからない。

 そのまま黒須さんは頬を伝う涙をぬぐうことなく料理を食べ続けた。

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