第43話 我らが天使の看病①

「ぐは」


 黒須さんに料理をご馳走して家に帰り、泥のようにソファーに溶けた。

 休日にここまで疲れるのも久しぶりだろう。


「……ひとり、か」


 普段ならここからさらに千佳や真乃香さんに料理を作らなければならない。

 だがふたりはいない。


「どっと疲れが出て、風呂に入る気力もないな」


 疲労が広がる体と頭。

 その脳裏には笑顔の天使さんと泣いた黒須さんが同時に浮かんだ。


「……今日はただ、料理を食べただけ」


 天使さんたちとランチ。

 楽しかった。少し、羨ましくもあった。


 黒須さん家で料理。

 また黒須さんを泣かせてしまった。

 人間に戻れたらしいから、きっと悪い事じゃない。


 たったそれだけ。

 人が死ぬとか、裏切りに次ぐ裏切りとかっていう血みどろな出来事なんてひとつもなかった。


 なのにどうしてこんなにも疲れているのだろうか。

 でも嫌な疲れではない。

 今の僕にわかるのはそれだけ。

 値段と睨めっこしたり家事をしたりするのとは違うこの疲労感。


「……疲れた……」


 そうして僕は眠りに落ちた。



 ☆☆☆



「…………はぁ……はぁ……はぁ……」


 翌朝の日曜日。

 絶望的にだるい。

 熱っぽいし体に力が入らない。


「……風邪でも引いた、のか……」


 鼻水や咳はない。

 だるさと熱。それだけ。

 汗で服がぺったりとくっ付いていて気持ちが悪い。


「……電話?」


 ソファーにうつ伏せのままで死んでいるとスマホが震えていた。

 ふやけた腕を無理やりに伸ばしてテーブルに置いてあるスマホを掴む。


 表示されている時刻はもうお昼の12時を過ぎていた。

 そんなに寝てたのかと驚きつつも電話に出てみる。


「……もしもし」

『もしもし? 本部くん?』


 天使さんだった。


「……どう、しました?」


 朦朧とする意識の中、何事も無かったかのように取り繕った。


『ねぇ本部くん、体調とか、大丈夫?』

「ええまあはい……大丈夫、ですよ」


 なぜか既に怪しまれている。

 通話中のまま履歴やコメントを見てみると既に何件か天使さんから来ていた。

 時刻は昼過ぎだし、いつもなら普通に返せているはずの返事に答えられていなかった。


「ちょっと体調崩しただ」『待ってて』


 そう言って電話は切れた。

 それと同時に僕もまた意識が途絶えた。



 ☆☆☆



「…………ん…………」

「本部くん、大丈夫?」


 次に目が覚めると、天使さんが僕の顔を覗き込んでいた。

 割れるような頭痛と熱のせいか、いつもより天使さんがより神々しく見えた。


「……おはよう、ございます」

「本部くん、とりあえずベッド行こう? 立てる?」


 ソファーで気絶していたため、体が辛い。

 変な体勢で気絶してしまったらしい。


「だいじょう…………ぶ」

「フラフラじゃん!」


 立てなかった。

 気絶間際のボクサーもきっとこんな感じなのだろうか。

 足どころか全身に力が入らない。


「本部くん、肩貸すから」

「あ、いやでも、汗かいてるし……」

「別に臭くないし」


 そういって右手首を掴まれて肩を組まされた。

 天使さんの甘い香りで頭がくらくらしてきた。

 いや、そもそも体調不良なだけか……


 そのままふらついた足取りで天使さんに助けられながら部屋のベッドまで歩く。

 全くもって情けない。


「じゃあ本部くん、脱いで」

「あ、はい……」


 背中に張り付いた服を取るのに手こずりつつも服を脱ぐ。暑いのに寒い。


「背中、拭いたげる」

「ありがとうございます」


 なんかもうされるがまま。


「なんか、介護されてる気分」

「お師匠の介護を担当しております天使あまつかです」


 そう言って笑う天使さん。

 それだけでなんかもう安心した。


「ご飯食べる? それとも眠る?」


 体温計で熱を測りながら天使さんがそう聞いてきた。

 食欲は今のところ無い。

 今は少しでも眠りたい。


「眠りたい、です」

「うん。じゃあおやすみ」


 そう言って天使さんは毛布を掛けてくれた。

 微笑む天使さんの顔を見ているだけで安心して、僕はそのまま再び眠りに落ちた。

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