第41話 いざ、黒須さん家へ①
「…………」
僕は震えていた。
ストーカーである黒須さん家を目の前にして、恐怖で足がすくんでいるのである。
考え過ぎという可能性は大いにある。
だが既に1度殺されかけているという実績がある以上、この家には1度入ればもうお天道様は拝めない可能性がある。
それだけここから先は何が起きてもおかしくないのである。
「……まあでも、大丈夫か、な」
黒須さんはレオパ住まいであり、監視カメラが今も黒須さん家の目の前で立ち尽くしている僕を撮影している。
なにかあったとしても、僕がここに来た証拠にはなるだろう。
「……いざ……」
震える手でインターホンを押した。
買い物自体は済ませてあるし、ちゃっちゃか作って帰ろう。それが1番安全。
「こんばんは。本部さん♡」
「…………」
僕は反射的にドアを閉めた。
「ちょっ?! 本部さん?!」
なんで裸エプロンなんだよぉ…………
た、谷間がぁぁぁ……
絶対Eカップはある。
いや胸のサイズなんて詳しく知らんけどもさ。
これが深淵というやつか……
殺されるとか監禁されるとか考えてた僕が馬鹿みたいじゃないか。
なんかもう色々と恥ずかしいくなってきた。
こうなったら逆に死にたい。
「……黒須さん、とりあえず服着てくだい。じゃないと僕は帰ります」
「す、好きな人をお迎えする際は裸エプロンで出迎えるのが礼儀だと」
「そんな礼儀知りませんよっ! どこでそんなの聞いたんですか!!」
誰だそんなん吹き込んだの……
恐怖が吹き飛んで普通にツッコミしてしまった。
「で、でも私! 本部さんになら見られても大丈夫です!」
「いや僕が無理だから!」
絶対気になって指先とか切っちゃうだろ。
「とにかく服は着てください。じゃないともう帰ります」
僕の主張は間違ってない。
たとえ相手が裸族だったとしても、他人がいるのならそれはわいせつ罪だ。
うん。間違ってない。
間違いを犯しそうになる前に正しい判断をしなければ……
「ど、どうぞ……」
服を着たらしく黒須さんはしょんぼりとしながらドアを開けた。
なぜか制服なのだが、裸よりは全然いい。
「荷物はとりあえずここへどうぞ」
「あ、はい」
リビングに入り、僕はなぜか背筋が凍った。
レオパという事もあり、備え付けの家具以外ほとんど何も無い。布団すらない。
おおよそ生活感というものが感じられない。
制服が何着か掛けられているだけで、あとは本当に何もない。
いや、正確には生活必需品のいくつかくらいはある。
だが、無駄な物がない。
テレビなんてコンセントに刺さってもいない。
つい昨日引っ越してきたと言われれば信じてしまいそうだった。
だが黒須さんは少なくともここに1ヶ月以上は住んでいるはずなのだ。
僕は黒須さんの歪みの一端を垣間見た気がした。
「どうかされました? 本部さん?」
「いや。なんでもないですよ」
なんで今制服を着ているのかも、これでよくわかった。
制服を着ただけなのではなく、制服しか着るものがないのだ。
「とりあえず、料理を始めますか」
「はい。楽しみです」
黒須さんは嬉しそうに微笑んだ。
こんな普通に笑顔になれるのに、どうしてこの家はそんなに寒く感じるのか。
どうしてこんなにも生活感がないのか。
「遂に本部さんの手料理を食べられます」
「どんだけ楽しみにしてたんですか」
弁当はあげたりしたが、やはり作りたてが1番美味い。
僕に出来ることなんて大したことはない。
黒須さんが抱えているであろう問題を解決なんて出来やしない。
ドラマみたいに料理で解決! みたいな事だってないだろう。
それでも、少しでも誰かの為に料理を作れるなら、それでもいいかと思えた。
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